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田上拓哉
田上拓哉

2025.05.24

田上拓哉

Essential Store オーナー

水槽を覗き本質を見つめる
媒介者のモノに導かれた人生

2025年1月、街回遊型アートエキシビション「Kabutocho Art Week」が日本橋兜町エリアで開催。第一回は、大阪市福島区に不定期にオープンする、アンティークや古道具を主として扱うEssential Storeのオーナー田上拓哉氏と、江戸期から昭和初期の「図案にまつわる物」を展示する大阪市浪速区の日本図案館のオーナー山田真也氏により、2024年に発足した日本文化遺産の保全活動を主眼として文化の継承と発展を研究し発表する「文化海」を招致。街を一つのアートギャラリーと見立て、Essential Storeや日本図案館の所蔵品、1970年代以降世界的に起こった繊維を素材とした立体造形・ファイバーアートの作品などがエリア内4会場で展示された。今回は、「Kabutocho Art Week Cultural Waves 文化海 -海域1-」の会場構成なども含む全体のディレクションも手掛けたEssential Store田上氏に、兜町にたどり着いた経緯に加え、文化のバトンをつなぐ媒介者としてモノへと向ける眼差しとその行方を追うため、会期中の展示会場にてインタビューさせていただいた。

●いま私たちがいる「景色」はメイン会場ということもあり、展示点数はかなりのボリュームになっていますね。どのようなモノが並べられているか気になるのですが、まずは、田上さんが今回の企画に関わるまでの経緯について教えていただけますか?
今回の企画を一緒にやっているSomewhere in Tokyoのチームからお話しをいただいたのが最初でした。チームメンバーのひとりが大阪に来た時にEssential Storeに寄ってくださって、そこで感銘を受けていただいたのか、その後に品川のM.A.G.M.A. Galleryで開催したサイレントオークション(※1)にも来てくださって、それからオファーをいただきました。
ただ、その時点ではお断りしようと思っていたんです。と言うのも、その時にあまり余力がなかったこともあるのですが、コロナ以降、アメリカに買い付けに行けておらず、その間に空間デザインやスタイリングなどの仕事が忙しくなってしまい、古物収集のほうが疎かになってしまっていたんです。
※1 サイレントオークション
Essential Storeがこれまで収集してきたアンティークやアートなどを従来のように競い合うのではなく、自身で価値を決めた金額を記載し、サイレントに落札者を決める形式のオークション。

●そこから、企画に関わるまでに、どのような心境の変化があったのでしょうか。
実は、偶然にもファイバーアートとつながりはじめたことがきっかけなんです。日本におけるファイバーアートの第一人者である草間喆雄さんや熊井恭子さんが京都で展示をされるというので、ちょうどファイバーアートを勉強していたうちの若いスタッフに展示の講演会に行ってもらったんです。そうしたら、その会場で1人だけ20代というのが目立ったのか、草間さんたちのほうから声をかけてもらったみたいで、偶然にもEssential Storeを知ってもらうことができたんです。20年前に古本屋で草間さんの作品集を購入していたので彼のことは知っていましたし、以前からファイバーアートを扱ってみたいと思っていたのですが、これはチャンスだと思ってEssential Storeにお招きしたところ、「この歳でもまだ驚くことがあるんだね」と気に入っていただけたんです。
それが、Kabutocho Art Weekへの参加について、お断りするために東京へ行く2日前だったのですが、もしかしたら何か展開できるかもしれないと思いながら東京へ向かう道中で「何か一緒にやりたいね」という連絡を草間さんから受け、新幹線から降りたその足で兜町に向かい、「やらせてください!」と伝えさせてもらいました(笑)。その3ヶ月ほど前に草間さんの大型作品を手に入れてホテルにインストールしていたこともあって、「これは何かあるな」という予感もありました。

●つまり、最初はEssential Storeの展示として受けたオファーだったけれども、ファイバーアートという要素を加えた展示へと方向転換が起こったんですね。
そうなんです。もともとお願いされていた内容とは異なるかたちで、ファイバーアート中心の展示をするという企画を受け入れていただいたというのが今回の経緯になります。ただ、草間さんが以前、川島織物という京都の老舗織物屋でデザイナーをやっていた経歴もあったりして、ファイバーアートだけというよりは、織物図案、グラフィック、なにか日本特有の文化的なつながりを表現できたら面白いんじゃないかと思い、日本図案館のオーナーで友人の山田真也さんと立ち上げた「文化海」で企画を進めていきました。

タイムトラベルのような体験が起き得るかもな、というのが最初の印象でした。

●そもそも、田上さんはどうして文化海を立ち上げられたのでしょうか?
「文化」という言葉は、1820年頃の文化時代に確立されたものなのですが、その100年後の1920年代までに西洋文化やプロパガンダなどによって日本固有の文化が淘汰されていってしまったんですね。そのまたさらに100年後というのが“いま”になるんです。つまり、100年単位で文化が変遷していることになる。パンデミックが起きた2020年を経て、そういう時期を生きている私たちだからこそ、過去100年の文化に注目してもらいたいという想いで文化海をはじめたところがあります。

●なるほど。モノには過去の文化や精神の断片が残されている。そこに着目し、当時の時代背景や人びとの暮らし、そこに落ちていた本来大事だったはずの感覚を拾い上げることで見えてくる未来があるのかもしれませんね。今回、「KABUTO ONE」「白水社」「日証館」「景色」の4箇所を舞台に展示しています。メイン会場となった景色はどのような印象でしたか?
景色に関して言えば、まずノイズの少なさに驚かされました。鉄板張りの密室空間で良いスピーカーを入れたら共鳴するだろうし、タイムトラベルのような体験が起き得るかもな、というのが最初の印象でした。もともとこの場所は証券会社の金庫だったということで、あとになって妙に納得してしまいましたが、良い場所だなという直感は当たっていました。
ほかの会場にもそれぞれアートピースをインストールしていますが、日証館では、そこで働いている方から「最初からここにあったみたい」というような声をいただいたときは、モノの裏にある懐かしい感覚のようなものがちゃんと伝わって、その空間と調和できたんだなと安心しました。

●景色の展示会場では、スペースを暗幕で仕切っていましたが、会場構成はどのように進められたのでしょうか。
上から俯瞰して見るとシンメトリーになるような空間をつくっていきました。具体的には、入口から入って正面に、今回のDMにも使用したダルマを置き、ギャラリーの真ん中には見えないブラックホールをつくることを意識していました。会場構成するときは、その場所の磁場を見定めるために、まずイメージを紐解くことからはじめるんです。これは私だけなのかもしれないですけど、いつも深夜0時を越えたころから翌3時過ぎぐらいまで、脳も身体も疲れ果ててアドレナリンが出るゴールデンタイムがあるんです。今回もその時間帯をあえて狙って仕事をしたのですが、それでシンメトリーというアイディアを思いついたんです。実は、その日の夜にダルマを手に入れていて、ダルマの目を見てすぐにブラックホールを連想しました。そうしたら、ダルマの背中にも大きな穴が空いていて、その時点で見えないブラックホールをギャラリーの真ん中につくろうというのがテーマになりました。古物を眺めていると時間軸がバラバラになる感覚があるので、それもピッタリでした。

未来を見つめて想像を巡らせるというよりは、未来にもうすでに存在している「完成されたモノ」という具体的なイメージを逆再生するように手繰り寄せていく感覚なんです。

●ダルマを手に入れたことで会場構成にも立体感が出てきた。
結局、ダルマを手に入れたところから、あれよあれよという間に私のところに情報が集まりはじめたんです。今回、展示台として使っているのが日本酒を仕込む桶の蓋なのですが、それも急に友人から兵庫にある古い酒蔵で使われていた蓋が燃やされてしまうからと連絡が入ったり、インストールするスピーカーが決まったと思ったら、円を半分に切り落としたようなデザインのHalf Oneというスピーカーだったり。ブラックホールも割れば半円になるし、シンメトリーになり得るなと、そのアイディアをベースにギャラリーのラフ画を走らせました。
未来にすでに完成されたモノと認識できて、そこにあることが見えたタイミングでモノが奇跡のように私のところへと集まってくる、そんなことがよく起きますね(笑)。それは、未来を見つめて想像を巡らせるというよりは、未来にもうすでに存在している「完成されたモノ」という具体的なイメージを逆再生するように手繰り寄せていく感覚なんです。意識というアンテナを張ることで、不思議とそこに情報が集まってくる。今回、それぞれの会場にセレクトしたアートピースも私が自ら見つけにいったわけではなくて、不思議と人伝てで集まってきたモノばかりでした。どれも何度も売れそうになったけど、なぜか今日まで残ってきたモノばかりになります。この展覧会のためにずっと手元に残ってくれていたのかもしれませんね。
モノが手元に集まってくることを引き寄せの法則なんて言うと、ヤバい人と思われてお終いですけど(笑)、人間の持っている可能性をもっと信じてあげたいんですよね。ひとりでやると、ついついそうなりがちなんですけど、文化海のようにみんなでやることで、「おじいちゃんが変なモノばかり集めているんだけど、捨てずに文化海さんに相談しようと思って」と、声をかけてもらえるようになってくる。そういう意味では、モノをレスキューできる機会は増えてきましたね。

●ダルマやスピーカーのまわりには、手袋をつければ触れることができる織物図案などの紙モノが設置されていましたが、どのようにセレクトされたのでしょうか? 実際に古物に触れるという体験は、目で見るよりも存在を捉えられるというか、それが今回の展示の魅力のひとつのようにも感じました。
日本図案館と私がやっている紙屑倶楽部の紙モノをそれぞれ半々に分けて、それらがつくる2つの渦が会場の中央で交差して重なり合う(ブラックホールのような)空間をイメージしてレイアウトしていて、いまで言うところのグラフィックデザイナーのスクラップブックや古い資料なんかも並べました。普通は展示物がガラスで隔てられていて、むしろ距離感が生まれてしまうことのほうが多いと思うんですけど、Essential Storeでは「手にしたい」「触れたい」という感覚も大切にしたいので、多少破れたりするリスクは承知の上で、来てくれた方に何かしらのスイッチを入れて帰ってほしい、と手袋をつければ触れられるようにしたんです。そこから入る情報もあると思うので。

●Essential Storeのことも聞かせていただきたいのですが、田上さんはいつごろから古物収集されていたんですか?
モノを集めはじめたのは、17歳のころからですね。私は高校には行かず、大阪の泥棒市で拾ってきたモノや捨てられているモノを集めながらフリマやヤフオクに出品していたんです。モノを仕入れては、売る。その繰り返しをずっとやってきました。師匠がいたわけでもなく、自分にとってカッコいいか、そうではないか、というシンプル且つピュアな視点で、固定観念を排除した感覚的なモノの見方をしていました。いまでもそれは変わりませんね。もちろん、あとからたくさん勉強しましたけど(笑)。

●そうやって審美眼を養ってこられたのですね。何が必要かは自分の生活を見つめてみないとわからない。情報に引っ張られることが多い昨今で、私もモノの価値について考えてしまうことがあって。
固定観念がつき纏うことが最近は結構多いなと思いますし、本物か偽物かというのは、すぐに分かる部分でもあるのですが、正直、五感にどれだけ響くかというところですよね。トレーディングカードゲームとかわかりやすいと思うのですが、あれって、実用性はないですよね。でもみんなハマってしまう。脳で如何に遊ぶかということのような気がしています。Essential Storeは、コレクタブルなアイテムが多いのですが、モノをコレクトするということの本当の遊び方、価値観の提案というのをこれからはもっとやっていきたいところです。

明確に渡したい方というのが出てくるんですよ、価格を落としてでもこの人のところにいってほしいという。

●コレクタブルなアイテムというと、例えばどのようなモノになりますか?
生活に必要ではないかもしれないけど、精神的には必要なモノ。アウトサイダーアートもそうですよね。その作品を買って所有した時点で作家さんのパワーを手に入れることができる。『ジョジョの奇妙な冒険』で言うところのスタンド(※2)ですよね(笑)。私の背中にはたくさんのスタンドがいて、それらを所有しては、ほかの人へと手渡していく。すると、明確に渡したい方というのが出てくるんですよ、価格を落としてでもこの人のところにいってほしいという。そうなると僕の役割はコレクターというか、コネクターですね(笑)。
※2 スタンド
持ち主の傍に出現し、さまざまな超常的能力を発揮する「パワーを持った像(ヴィジョン)」であり、持ち主を守ったりする守護霊のような存在。『ジョジョの奇妙な冒険』作中に登場。

●田上さんはモノと人との媒介者だったんですね。でも、お金はあるけどモノに執着がない人もいれば、お金がないのにモノを集める人もいる。そういう違いって何だと思いますか?
親からの影響とか、過ごした環境、人が育った背景というのはあるかもしれませんね。だけど、全員が興味を持ってくれるとは思っていないですし、文化海なんて10%でも興味を持ってくれたらいいなというジャンルだと思っているんですけど、それでよくて。ただ、私たちを理解してくれなかったとしても、どんな気持ちなのか知りたいと思ってくれる方がいれば、もう一歩踏み込んでもいい気はしています。それで違うと思ったら戻ればいいだけの話なので。

水槽から空間へと舞台が移っただけで、俯瞰して空間をつくることが僕のライフワークなのかもしれません。

●ちなみに、田上さんはどのような環境で幼少時代を過ごされましたか?
母親がちょっと変わっていて、拾ったものなら何でも家に置いていいというルールがあったんですよ(笑)。石や流木、家のなかはモノだらけでした。なんだったら釣ってきた魚も水槽に入れたりして、小中学生時代はアクアリウムをつくることばかりしていました。だから、いつも上から水槽を眺めてレイアウトを組んでいたんです。いまもやっていることは同じです。Essential Storeの元となる世界観も、ずっとやってきたことの延長からきていますし、水槽から空間へと舞台が移っただけで、俯瞰して空間をつくることが僕のライフワークなのかもしれません。

古物と対峙して五感を磨くことで人間力が上がるのは確かですし、そうやって古いモノと接することで、固定観念に縛られずに自分の思考で判断できるようになっていく。

●今回の舞台は「日本橋兜町」という街なのですが、田上さんはどんな街に惹かれますか?
歴史的な営みのある場所ですかね。パワースポットと言われるような目に見えないけどエネルギーが強い場所は、歴史的な営みがある場所だったりしますよね。目に見えないモノにこそ真実が隠れている気がしますし、だから古いモノや古い建築、もっと言えば、古い街に惹かれるんです。そういう意味では兜町って良い街ですよね。歴史がある建物も残っていますし、美味しいご飯屋さんや面白いお店がコンパクトなエリアのなかに揃っている。歩いている大人にも秩序があって、でも若者たちも混ざっていて不思議と調和している。そんな雰囲気が好きですね。ここ数日は毎日この場所に通っていますけど、自分のなかで兜町に感じる魅力が増し続けています(笑)。

●話は変わりますが、Essential Storeをやっていて、最近、何か変化を感じることはありましたか?
日本でもパンデミック以降で古物に触れる機会は増えてきている気はしますね。リサイクルショップもそうですし、古物を扱うお店も増えてきて、古いモノが身近になってきたことでモノを大切に扱うという価値観も芽生えてきている。すごく良い流れですよね。コロナ禍で人類が生命の危機に直面したことと相関関係があるかはわかりませんが、古物と対峙して五感を磨くことで人間力が上がるのは確かですし、そうやって古いモノと接することで、固定観念に縛られずに自分の思考で判断できるようになっていく。良い練習になりますよね。

その当時の施主さんが見たかった風景って、今日のこの景色だったのかもしれないって思ってしまって。

●古物を手に入れる上で、これまでに印象に残っているストーリーはありますか?
古物のなかでも特にパワーの強いモノというのは、向こうから道筋をつくって私みたいな人の元へとやってくるんですよ。去年の話なんですけど、ある神社の神主さんが住んでいた大正時代に建てられたお屋敷で25トン分の石をレスキューしてきたんです。庭にあった石なのですが、そのなかに人間サイズの立派な石があって、僕が引きとらなかったら重機で潰されていたはずなんです。それで、レスキュー最終日にその広い庭でお茶会をしようと急遽思い立ち、庭師の方も呼んで、一夜限りのお茶会をセッティングしたんです。結果、70人ぐらい集まったのですが、その夜にずっと気になっていたそのつくばい石を触ってみたんです。そうしたら、その石が人の形に彫られていることがわかって、水が張ってあったので、そのまま裸になって窪みに寝そべってみたら、水圧で石に吸いつくような感覚があるんですよ。ふとお腹の上を見れば、満月も浮かんでいて。

●その石は人間が入るためのモノだったということですか?
その家の人に聞いても、そんなの聞いたことないって言うんですけど、どう見ても人の形なんですよ。それで、その日の朝に庭師さんから「庭というのは、100年かけてつくるものなんです」と聞いていたのを思い出したんです。もしかすると100年後ってちょうど今ぐらいなんじゃないかなと想像したら、その当時の施主さんが見たかった風景って、今日のこの景色だったのかもしれないって思ってしまって。それで、やったこともないけど自分の身体を貸してあげようと石に入り直したんです。何も起こらなかったんですけど(笑)。でも、もう一度だけトライしてみようと思って、朝方4時ぐらいに再度トライしてみたんですよ。

●田上さんのゴールデンタイムじゃないですか。
そうそう(笑)。そうしたら、しばらく気絶していたみたいで、意識が戻った時は目に涙が浮かんでいて。もしかしたら上手くいったのかなと。

●施主さんが田上さんを通して、最後に見たかった庭の景色を見ることができたのだとしたら、何だかロマンチックな話ですね。でも、裸で水に浸るなんて寒くなかったんですか?
そのとき、夏だったんですよ。冬だったら入ってなかったでしょうね(笑)。

田上拓哉

田上拓哉

Takuya Tanoue

1981年、和歌山県生まれ。「Essential Store」オーナー。17歳より古着や古物を収集しながらの生活で審美眼を磨くと、米国への買い付けなどを通じて、音楽、アート、ファッションなどの分野でも視野を広げる。大阪市福島区にて不定期に開催する「Essential Store」では、アンティークなどの古物や古着を初心者から玄人までが手にとれるラインナップで並べる。アパレルや繊維メーカーなども運営しながら、近年では空間デザインやプロダクションデザインなどの領域でも活躍。文化の保全、継承を促すために立ち上げた「文化海」では、自らが媒介者となり、人とモノを介在させる過程で文化のバトンをつないでいる。モノの価値を再考する「サイレントオークション」は不定期で開催。

Text : Jun Kuramoto

Photo : Yuta Kato

Interview : Daisuke Horie