
2025.12.24
AKAI BAR
その「一皿」、「一杯」は、どのようにして生まれたのか。店のシグネチャーを紐解けば、その店の感性や哲学、食材へのこだわり、生産者の姿勢まで見えてくる。フードやドリンクの背景にあるストーリーから、兜町を形作る点と点が線になる。
「Dialogue of Food」の第12回では、兜町で貴重なナイトライフが楽しめる「AKAI BAR」へ。街のシンボル的存在であるホテル「K5」の1Fに位置するシックな雰囲気のバーは、オーセンティックな設えと日本らしいディテールが絶妙に入り混じり、唯一無二の世界観を確立している。ここで提供される至高の一杯の物語を体感してみよう。
2025年で開業から5周年を迎えたことをきっかけに、館内の飲食店をリニューアルした「K5」。1Fのホテルバーは、これまでもトレードマークであったベルベットのソファや絨毯、大理石のテーブルなどの赤い色は変わらずに、新しいコンセプトによって「AKAI BAR」として生まれ変わった。
世界中を旅して回った稀代の蒐集家がオーナーに就任した、という架空の設定をコンセプトに、店内には骨董品のような置物からモダンなドローイング、アートブックや文庫本といった書籍まで、さまざまな調度品が並ぶ。よい意味で多様性に富み、肩の力の抜けたそれらのセレクションが、上質で重厚感のある赤い空間に意外性と遊び心を添えているのだ。
ここでメニュー開発に勤しむのは、2名のバーテンダー。兜町という場が持つ歴史や土地の背景に着想を得てこの地らしいドリンクを追求しようとする若手のJJさんと、そこへ“メンター”のような存在として新鮮なスパイスを加える竹田晋さんだ。それぞれの視点と発想をリスペクトし合う両者が起こす、世代を超えた化学反応が、伝統と刷新の融合する兜町を舞台に夜毎繰り広げられている。
まずはこのバーのシグネチャーメニューの中から、店内空間をそのままグラスの中へ映したかのような深みある色合いが美しいショートカクテルを。この街にブルワリーパブを構える和歌山県の平和酒造が造る赤い日本酒をベースに、シソとヨモギの香りをつけた自家製のジンやザクロシロップ、レモンジュースを合わせた。
メニューを考案する際、JJさんはまず兜町を歩きまわったという。「何かこの街のものを使用したいと思いながら平和酒造さんのお店を訪れて知ったのが、赤色酵母を用いたこの日本酒。ほかにはないカラメルみたいなトロッとした重みと甘さがあって、めちゃくちゃうまかったんです」と、その出合いを振り返る。また「商業のイメージが色濃い日本橋ですが、調べてみると実は“薬の街”と呼ばれるくらい薬草が流通していたのだとわかった」とのこと。「そこから、和の薬草であるシソやヨモギを組み込んでいくことを思いつきました」
仕上げにほんの少しの塩味を加え、レモンの皮を搾って風味づけを。そんなかすかな演出からも五感がフルに刺激され、この街での滞在体験を強く印象づける。奥行きのある甘さを主役にすっきりとした和のハーブの香りが鼻に抜ける、国内外両方のゲストに人気のメニューへと仕上がった。
次に紹介するのは、ロングカクテルのシグネチャーメニューのひとつ。明治時代に浅草で生まれた電気ブランに熟成番茶を漬け込み、オレンジリキュールやレモンジュースとブレンドして作るハイボールだ。
このメニューを「日本橋に残る、東京の下町っぽさを反映させたものにしたかった」というJJさん。「それで、同じ時代に街の開発がおこなわれた浅草生まれの電気ブランをメインに据えてみました」。ローストされた茶葉の香りとレモンやオレンジの果実感、また温かみのあるシナモンジンジャーシロップの風味がプラスされ、スパイシーな個性ある舌触りがフレッシュかつ軽やかに、心地よく抜けていく。最後にオレンジの果皮をライターで炙り、焦がしオレンジの風味をつけて完成。
この組み合わせには、ノスタルジックな感覚を引き起こすような効果も期待したという。「オレンジやレモン、またシナモンや生姜の優しい甘さを加えることで、ちょっと駄菓子っぽい懐かしさを感じてもらえたらと。実際、もともと電気ブランの味を知っている40〜50代くらいのお客さんに注文してもらえることが多いのですが、味わいのレトロ感についても共感してもらえてうれしく思っています」
日本橋らしさや和の感覚を大事にするJJさんのクリエイションに奥行きを加えるべく、もうひとりのメニュー開発者である竹田さんが取り入れているのは、広い世界の中で日本にほど近いところにあるアジアのテイスト。こちらはジンにライチとレモンのシロップを入れ、ジャスミンの花を漬けた牛乳と合わせて、分離作用をうまく用いつつ抽出した透明の液体をベースに。非常に手間暇をかけた逸品だ。
見た目と同様、もしくはそれ以上にクリアかもしれない透明感のある味わいが、ライチとジャスミンのオリエンタルなフレーバーの華やかさに寄り添っている。「牛乳にレモン汁を入れると分離しますよね。その現象を利用した作り方をしているんです」と、竹田さんが解説してくれた。「牛乳のタンパク質にお酒の雑味がくっついて取り除かれるので、非常に飲みやすく。アルコールのえぐみを感じないから、強いお酒が苦手な人でもどんどん飲めて、ちょっと危険なくらい(笑)」
一日以上の時間をかける丁寧な仕込みを経て炭酸水を注いだら、最後にバジルとレモンを合わせた特製ジンをスプレーして香りづけを。バジルのハーブ感が、馥郁たるライチとジャスミンにモダンなさわやかさを添える。幾層もの香りを織り重ねる、まるで香水を組成するかのようなアプローチは、竹田さんが考える“兜町らしい表現”にもつながるところがあるのだとか。「兜町はもともと金融街で、この建物も元銀行。そこで、このバーでは通貨ではなく香りを預かっていると想定したらおもしろいのでは……と考えました。預けていた香りと、そこに付随する感情を、このバーで引き出してもらえたら」
兜町には伝統的な建築物が立ち並び、格式ある雰囲気が漂う。一方、ホテルの1Fに位置するバーではその場所柄、海外のゲストも数多く迎えている。二人はここで働く中で抱いた印象について「もちろん日本らしくはあるけれど、京都のような純和風というわけでもない。近未来感やエキゾチックな雰囲気も感じますし、まだ捉えきれていないところがありますね」と語ってくれた。これからさらにその解像度を高め、二人が互いに共鳴し影響し合いながら繰り出されていくミクソロジーは、この街の魅力を堪能するうえで欠かせないものとなりそうだ。
勘川 翔伍(JJ)
Shogo Kangawa(JJ)
音楽大学在学中に「ジャズバーを開きたい」という夢を抱き、〈Bar Ao〉にて西村和也氏に2年半師事。その後、マネージャーとして店舗運営やメニュー開発に携わる。ホテル直営となり、〈AKAI BAR〉としてリニューアル後もマネージャーを務め、素材への理解を深めながら、より広い世界観でカクテル表現を追求している。趣味はピアノ演奏と格闘ゲーム。
竹田 晋
Shin Takeda
ジャズライブレストランでキャリアを磨き、北青山〈PRBAR〉のマネージャーとして経験を重ねる。技術や知識を深めながら、自身の表現の幅を広げるため、2022年よりフリーランスとして活動を開始。現在は、都内各地でゲストバーテンダーとして参加するほか、音楽フェスやファッションイベントなどでオリジナルカクテルの提案・提供を行っている。今年の5月から兜町〈AKAI BAR〉に携わりながら、一杯を通じて心に残る時間を届けることを大切にしている。
Interview & Text : Misaki Yamashita
Photo : Masahiro Shimazaki

