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2025.03.21

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HANDWORK オーナー

指先の高揚感を起点につながる
人の温もりの交差点

2024年秋に渋沢栄一の邸宅跡地である日証館の一部をリノベーションして誕生した「HANDWORK」は、ネイルサロンとギャラリー、イベントスペースを併設した場所だ。サロンに足を運んで手先を美しく整えるだけでなく、アートやデザインなどのポップアップを通して、新たな発見を持ち帰ることができるスポットに。兜町というエリアの性質にインスパイアされ、そんな提案を打ち出すショップをオープンさせたjohee(ジョヒ)さんに話を聞いた。

表参道から兜町へ──新たな挑戦と、クリエイティブな空間づくり

●もともとは別のエリアでネイルサロンを経営されていたそうですね。どういった経緯で兜町へ?

ここにお店を出す前は、表参道の骨董通りにサロンを出していました。ネイリストの資格を取ったあと、いくつかの個人サロンや美容院でキャリアを積んでいたのですが、“人を育てるという経験もしてみたいな”と考え、思いきって独立。2年半ほど経ったところでふと気がつくと、エリアの性質からか、つねに時間に追われている感覚があって。日本橋や兜町エリアへの引越しを考えていたところ、お客さんが「この場所があいてるよ」と紹介してくださったんです。

●表参道やほかのエリアと比べて、日本橋兜町の印象はいかがでしたか?

昨今はインバウンドなどの背景もあり、表参道エリアは本当に人が多くて。お客さんも「ネイルが済んだら、このあとすぐまつ毛パーマ!」というように忙しい印象で、お互い用事をこなすだけになってしまうのが少し残念だなと感じたんです。せっかく来ていただくならもう少しゆっくり過ごしてもらえるような、落ち着いた空間を……と考えていたところ、この場所を知って。兜町は道が広くてゆったりしていますし、歴史ある建物や素敵なカフェもたくさん。サロンへ通ってくださるお客さんにとっても新鮮に感じられるのではないかと思い、引越しを決意しました。

●ネイルサロンにしては広いスペースですよね。ポップアップストアなどを開催できるギャラリースペースという構想は、以前から?

ギャラリースペースを併設したのは、このサロンが初めてです。広い場所ということもありましたし、街の雰囲気とマッチさせるにはネイルサロンだけではつまらないなと。実は友人など、周りにクリエイティブな活動をしている人が多いんですが、最近は個人活動をする人にとってはリアルで発表の場を設ける機会ってあまりないようで。私自身もネイルという手仕事で生計を立てている身ですし、この場所を通して、誰かほかの造り手が豊かになることに協力できたらよいなと、今の形での運営を思いつきました。

「自分の目で見て楽しめる唯一の美容」ネイルの道を志すまで

●ネイリストになるまでのお話を聞かせてください。ご出身はどちらで、どんな幼少期を過ごされたのでしょうか?

出身は京都の舞鶴市です。日本海側にあって、お魚や赤レンガの建物が有名な、海が見える街。幼い頃は習いごとをたくさんしました。陸上、体操、バスケ、テニス……どれも小学校から中学校にかけて、クラブや部活で2年くらいずつ。体を動かすのは好きなんです。高校生になってからはバイト漬けの毎日でした。京都の鉄板焼き屋に焼肉屋、居酒屋。スーパーマーケットや児童館、海の家で働いたことも。そちらは福井でしたね。

飲食業のアルバイトが多かったのは、管理栄養士になりたいと考えていたから。食を通して人の健康や美容を支える仕事がしたかったんです。高校生の頃に、調理師専門学校の通信講座も受けていました。

●そうだったんですね!何がきっかけで、美容のほうにシフトされたのですか?

高校3年生になって、東京の大学への進学なども視野に入れつつオープンキャンパスに足を運んだ際、将来やりたいことを教授に話す機会がありました。すると「そういう内容であれば、わざわざ管理栄養士の資格を取る必要はないよ」と言われて。当時私が志していたのは、ダイエットなどのお悩みを、食事を通して内側から整えるような、カウンセリングの仕事だったんです。でも、栄養学の知識を使ったアドバイスなら、資格がなくてもできるはず、と。

それを聞いて「だったら早くスキルを身につけて働きたいな」と思い、上京して、エステがメインの美容専門学校に進学しました。小学生の頃に友達と遊ぶとき、おもちゃのマニキュアやメイク用品を使っておままごとをするなどしていて、美容は好きだったし興味があったんです。同時に、休日は別の学校の通信課程も受講し、美容師資格も取得しました。家族に「とりあえず国家資格を取ったら?」と言われたことがきっかけです。

●上京してからの学生時代はどのように過ごされていたのでしょう。

上京してすぐは、学校と並行して携帯電話の販売のアルバイトをしていました。スーツを着て派遣される形で先方に出向き、営業をかけて新規契約を取得するという業務内容。18歳で始めて、1年ほどやっていたかな。あとはクレジットカードの営業やアパレルなど、自分に何が向いているのか知りたくて、なんでもやってみていましたね。

●お話を伺っていると、いくつも学校やアルバイトを掛け持ちされていて、本当に頑張り屋さんですよね。

いえいえ。それで当然、すぐに疲れてしまいました(笑)。美容師資格の通信課程を受講していたこともあって、夏休みもなく。そこで“学びたくないものから排除していこう”という考えになったんです。実は、メインで通っていたのはエステの技術に強い学校だったのですが、それがあまり自分に合わないと感じはじめていて。エステって、本当に体力のいる仕事なんですよね……。そこで改めて出合ったのが、ネイルでした。

幼い頃から、図工の授業など、ちまちました細かい作業は好き。美容専門学校では授業で少し触ったくらいだったんですが、エステの道を断念してから、ネイルスクールの見学に行ってみたんです。そこで出会った先生がとても素敵な方で。「ネイルは、寝る前の時間も電車に乗っているときも、唯一自分の目で見て楽しめる美容」だと教えてくれました。もちろんマッサージやヘアカットも人をきれいに心地よくしてくれるものだけれど、ネイルは対面で行う仕事の中で、いちばん人に寄り添えるものなんじゃないかって。それからネイルの道を志し、専門学校を辞め、新たにスクールに通いはじめました。

ネイルとアートを通じて、人がつながる空間をつくる

●ようやくネイルアーティストとしての道へ!どんな毎日だったのでしょうか?

ネイルスクールは美容専門学校とは性質が違い、デザインや接客も含めて学ぶのではなく、とにかく技術の基礎を身につけて資格を取ることを目的とした場所でした。働きながら通っている人が多くて、私も朝から夕方まではOLとして働き、そのあとスクールへ通うように。アパレルの営業事務や飲食店でのアルバイト、コールセンター、ゴルフクラブの営業など、いろんな職種を経験しました。親からも支援してもらっている手前、“今度はやめずにとりあえず頑張ってみよう”という気持ちでしたね。

●やっぱり働き者として頑張るわけですね。でもその時期を経て、晴れてネイリストに。

そうなんです。ちょうどネイルスクールに通っているときにInstagramをはじめて、“ぜったいここで働きたい!”と思える憧れのサロンを見つけました。アタックするも一度はタイミングが合わず断られてしまったのですが、ネイリスト技能検定2級の資格をとった頃にそのサロンから声がかかり、見習いとして働かせてもらえることに。それを機にスクールを離れました。個人で経営されていたサロンだったので、OLを続けながら週に2〜3回勤務させてもらっていましたね。

そちらは基礎がすごく丁寧で、透明感のある繊細なデザインが特徴でした。好きな画家からインスパイアされたアートなど、とにかく創造力がすごかった。ネイルサロンって、見本のチップをつくっておいてそこからお客さんにデザインを選んでもらうことが多いのですが、肌の色や爪の形ってみんな違うので、そのままのせても“なんか違う”という印象になってしまうことがあって。そういう違和感がないように、その人を見て一から色づくりをおこなうなど、本当に目が鍛えられましたし、学ばせてもらいました。

●今のjoheeさんのネイル施術の基礎が、そこからできていくわけですね。

はい。その後は原宿の人気美容室に併設されたネイルサロンで個人店とは違った働き方を経験したり、別の個人サロンに引き抜いていただいたりといった時期を経て、兜町の前身となる表参道のサロンでの独立につながりました。素敵だと思う美術館や建築物を訪れて刺激を受け、ネイルアートに活かすやり方は、独立前に働かせていただいた個人サロンで学んだこと。幅広い知識や経験を得られました。

●「HANDWORK」でのネイルアートやギャラリースペースの運営で心がけているのは、どんなことですか?

コロナ禍を経て、世の中では人々のコミュニケーションが希薄になったと感じているのですが、私はこの仕事を通して毎日お客さんと話をさせてもらい、たくさんの人とつながって支えられている実感があります。そうしたリアルな体験を、お客さんにも、ギャラリーに出展する個人作家さんにも感じてほしい。社会には実際に会って触れ合うことが必要なのではないかなと思って、この場所を運営しています。

ネイルに関しては、“おまかせ”と注文してくれるお客さんが多いです。2月ならバレンタインデー、3月は卒業式……といったように、季節やそのときの気分に合うようデザインすることはもちろんですが、アートやパリコレのファッションなどから着想を得て提案することもありますね。おしゃれな人だけが集まる場にしたいわけではなく、“どうしたらいいかわからないけれど、おしゃれになりたい!”という人にこそ来てもらいたいなと思います。

●素敵ですね! 最後に、今後のサロン運営の展望について教えてください。

ギャラリースペースについては、個人で活動しているいろんな人たちが気軽に使ってくれる場所になったらよいなと考えています。著名でなくてもまったく構わないので、知ってもらうきっかけをつくりたい人をバックアップしていきたいですね。これまでに、私の友人どうしを合わせて3人ほど同時にポップアップを開催したこともあります。そうしたきっかけを通し、みんながお互いに影響し合える場所になれたら素敵だなと。ネイリストは現在、私を含めて3名が在籍。まだオープンしたばかりで、この店舗をネイルサロンとして知ってくれている人が少ないかもしれないので、イベントなどをきっかけにしつつ、お店に親しんでもらえたらうれしいです。

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京都府生まれ。アートや建築に着想を得て、個性を放ちながらもその人の生活になじむ、シックで統一感のあるネイルアートを提案する。手仕事を通して人々のコミュニケーションを生む場をつくりたいと、自身のサロンである「HANDWORK」では不定期でポップアップイベントを開催。アクセサリーやガラス細工、花や古着といったジャンルから、耳つぼジュエリー、から揚げとワインに至るまで、コミュニティから生まれたつながりを生かし、複合的で幅広い展開を牽引している。

Text : Misaki Yamashita

Photo : Naoto Date

Interview : Misaki Yamashita