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平和どぶろく兜町醸造所
平和どぶろく兜町醸造所

2025.02.28

平和どぶろく兜町醸造所

土地と時間の歩みを糧に
“生きた酒”を扱う実験室

その「一皿」、「一杯」は、どのようにして生まれたのか。店のシグネチャーを紐解けば、その店の感性や哲学、食材へのこだわり、生産者の姿勢まで見えてくる。フードやドリンクの背景にあるストーリーから、兜町を形作る点と点が線になる。

Dialogue of Food」第9回に登場するのは、創業97年の歴史を誇る和歌山県の「平和酒造」が兜町で直営する「平和どぶろく兜町醸造所」だ。飲む瞬間にも生きて発酵を続けるどぶろくにキレのある日本酒、そして酒造が醸すクラフトビールがいただける希少なブルワリーパブで、美酒への思いと、合わせたいこだわりのメニューについて聞いた。

木材をふんだんに活用したオーガニックな外観、テラスから青々と葉を茂らせる豊かな緑。兜町の中でも目を引く癒しの風格を放つオフィスビル「KITOKI」の1階に、「平和どぶろく兜町醸造所」はある。木の温もりや自然素材を生かしながらモダンに仕上げた居心地のよい空間で醸造家の手から直接フレッシュなドリンクを提供する、まるでオアシスのような場所なのだ。

バーとしてはめずらしく、開店は13時。軽いランチに始まり、街の散策の合間のカフェ代わりにひと休み、またディナー前後の0次会、2次会での利用……と、従来にはなかった実に幅広い“酒場”の楽しみ方ができると評判だ。「もちろんディナーのコアタイムも盛り上がりますが、13〜16時などのなんでもないような時間にふらりと遊びに来てくれるお客さまが意外と多いんです。最近は海外からの来訪も多く、ほかではなかなか味わえない様々なフレーバーのどぶろくを目がけてわざわざ足を運んでいただくことも増えました」と、醸造家の飯高雄一朗さん。

●平和どぶろく プレーン、柿、バジル

バーカウンターの裏に設けられた店内の醸造室で、日夜手ずから醸造されているのが、この店の押しも押されもせぬシグネチャーであるどぶろくだ。米だけから造られる清酒とは異なり、副原料として小豆や黒豆などの食材を入れればさまざまなフレーバーが楽しめる。その点こそ、どぶろくの興味深いところなのだという。

真っ白なプレーンは、主原料である和歌山県の自社田で育んだ山田錦の持つ味わいを最もよく感じられる一杯。オレンジがかったものは秋冬シーズンの限定メニュー、柿だ。フルーツが持つ味の特徴を反映し、しっかりとした甘みがある。さっぱりと鼻に抜ける香りが心地よいのは、グリーンのバジル味。

飯高さんによれば、「プレーンは比較的合わせる料理を選ばないのですが、どぶろく自体が酸味と甘味のしっかりしたお酒なので、あえて言うならカレーやキムチ、フルーツなどと相性ぴったりです」とのこと。「また柿は甘くねっとりした特性を引き立てるため、金山寺味噌のクラッカーなどと一緒に味わうと、濃厚なテイストが増しますよ。さわやかなバジルなら、しらすと大根おろしや山椒のポテトチップスといった同系の清々しさとマッチさせるほか、反対にスモーキーな香りの強い燻製ナッツとの組み合わせも絶品。お好みや気分でさまざまに楽しんでいただけます」

●金山寺味噌とクリームチーズのクラッカー

上質な酒とともにいただく食事メニューには、酒造が歴史を紡いできた和歌山県に由来する食材を用いたものが数多く揃う。

和歌山名物の金山寺味噌は、野菜を加えることで出たうまみと甘じょっぱさが特徴の“食べる”味噌。クリームチーズの淡白さと掛け合わされば味のバランスが取れる一方、両者に共通する濃厚な食感が相まって、これでもかと舌を楽しませる。「味噌には発酵の香りがあるので、どぶろくとよく合うんです。さらに和歌山の『かんじゃ山椒園』で採れたぶどう山椒をトッピングし、華やかな香りをプラス。実は和歌山県は山椒の生産量が日本一なんですよ」。ブドウの房のように実がなるぶどう山椒は、強く芳醇なフレーバーが特徴なのだそう。

●どぶろくカレー

スパイシーな異国の料理であるカレーも、実はどぶろくと非常に相性のよい一品だという。まったりとした甘みの先に、辛さが鮮烈に花開く印象だ。「こちらのカレーには、プレーンのどぶろくを材料として使用。アルコールは飛んでいますが、しっかりとした甘みがあるんです。だから、豆板醤やガラムマサラなどのスパイスを多めに」。ごはんはなんと、酢飯。これが辛味と酸味のハーモニーを生み、ついもうひと口とスプーンが伸びる要因のひとつとなるのだ。

「具材はシンプルに牛肉のみ。そして福神漬けではなくて、和歌山らしく紀の川漬けを添えています」と飯高さんが付け加える。紀の川漬けとはうまみと糖度の高い紀州大根を使ったたくあんに似た漬け物で、べったら漬けにも近しい印象が。ドリンクのキリリとした発酵のうまみの側面をほどよく際立たせる、ここだけのカレーに仕上げた。

「平和どぶろく兜町醸造所」では季節の食材を取り入れたどぶろく醸造のほか、頻繁にほかの飲食店とのコラボレーションイベントを開催し、それらのメニューに合わせた限定フレーバーを開発している。春先で人気なのは、いちご。過去にはこうしたイベントを通し、瀬戸内産のレモンやみかん、青とうがらしを使ったものもあったというから、これからも目が離せない。

この日は4代目社長を務める山本典正さんも駆けつけてくれ、今後の展開について明かしてくれた。「実は今年の大阪万博に向け、新たに平和酒造からの出店を準備中。大阪メトロなんば駅直結の、とても賑やかなエリアなんです。そちらでもどぶろくを出しますが“2号店”という意識ではなく、また違った形で日本酒のおもしろさを都心で発信できる場にしたい。米を使った日本酒って本当によいカルチャーで、世界でも勝負できる“遺していくべきもの”だと思うんです。兜町と大阪という世界中から人が集まる場所を舞台に、これが日本文化のひとつとして少しでもメジャーになれるよう、そのクラフトマンシップを表現していきたいですね」

平和どぶろく兜町醸造所

飯高雄一朗

Yuichiro Iitaka

2000年、東京都生まれ。酒宴の場が持つ賑やかな雰囲気に魅了され、人々のコミュニケーションの媒介となる日本酒造りに携わることを志し、新卒で平和酒造に入社して醸造家の道へ。和歌山県と日本橋兜町を行き来しながら、世界へ誇れる酒造りと「平和どぶろく兜町醸造所」の運営に携わっている。

平和どぶろく兜町醸造所

山本典正

Norimasa Yamamoto

1978年、和歌山県生まれ。昭和3年創業の酒蔵、平和酒造の4代目社長。京都大学経済学部卒業後、人材系のベンチャー企業を経て、平和酒造に入社。2020年、世界最大のコンペティション「International Wine Challenge 2020」の日本酒部門で「紀土 無量山 純米吟醸」が最高賞を受賞。同品評会にて、世界No.1の日本酒酒蔵の称号「サケ・ブリュワリー・オブ・ザ・イヤー」を2019年、20年の2年連続受賞。

Interview&Text : Misaki Yamashita

Photo : Naoto Date