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大高潤・谷一興
大高潤・谷一興

2022.04.18

大高潤・谷一興

丸善雄松堂株式会社 アカデミック・プロセス・ソリューション事業部 首都圏センター (大高) Kable運営チーム業務サポート (谷) Kable運営チーム責任者

ブックラウンジを癒やしの場に、
起ち上げ屋から軌道乗せ屋へ

KABUTO ONEに、昨年10月オープンしたBook Lounge Kable。緑あふれる空間に、兜町らしいビジネス書中心の本が並び、ランチやコーヒーを提供する。ここの運営を務めるのは、丸善雄松堂株式会社の大高潤さんと谷一興さん。書店以外の店作りのノウハウが少ない会社でチャレンジングな企画に奮闘してきたふたりだが、起ち上げることよりも、お客さんの反応を見て柔軟に変えていくことの方が大事だと話す。起ち上げ屋から、軌道乗せ屋の顔が見えてきた。

●丸善雄松堂に入社した経緯を教えてください。
(大高)私は新卒で丸善に入り、店舗勤務で全国津々浦々回りました。新しい店舗を起ち上げたりしながら、東京を起点にいろんな店舗に行きました。実は一度、他の会社に転職してからで戻ったんです(笑)。
2016年7月に、丸善雄松堂に店舗開発の新事業をやってみないかと、知り合いに声をかけてもらいました。Book Lounge Kableような新形態の店をまかすことができる経験者が丸善にいなかったということもあり、それで舞い戻った形です。

●谷さんは、どのような経緯で丸善に入ったのですか?
(谷)私はこの会社での経歴はまだ長くはありません。新卒で入ったメーカーに10年ほど勤めていたんですが、大阪の実家に帰らないといけない事情があり、戻ったんです。それから大阪の飲食店で働いたり、新店を起ち上げたりしながら、13年ほど飲食業界で働きました。40代に入って何か明確な結果を残したく、他の仕事をしてみようと転職した先で大高に出会ったんです。

●ふたりが知り合った場所はどちらですか?
(大高)数年前に丸善雄松堂が運営を任されていたショールームの責任者をしていた時ですが、他の案件で飲食業経験のある人材を必要としていた時に、あ、ここにいた!という感じで谷に声をかけました。

(谷)私は昼間に働くことにブランクがあったので、まずは派遣登録して、接客の経験を活かせるショールーム業務から始めました。そこで大高に会いました。新店の立ち上げも含めて、店を管理する経験が長かったので、その経験を買ってもらえたのかなと思っています。

●おふたりとも店の起ち上げがキャリアに繋がっていますね。
(大高)新店を起ち上げるということは、経験がものになるんです。店舗を開業させるノウハウはあっても、地域の特性もあるし、ビルによっても客層が違うので、マーケティングで少しずつ店の方向性を修正していく必要があります。オープン前もですが、運営してからも、徐々にそうやって見極めながら順応していくことが大事なことだと考えています。

大高潤・谷一興

(左)大高潤 (右)谷一興

大高潤・谷一興

●起ち上げは、どんな性格の人が向いているのでしょうか? また、それにつながるかもしれないのですが、おふたりは、どんな子ども時代を過ごしましたか?
(大高)同じ場所にずっといることが余りなく、小さい頃から転勤族で、生まれは千葉なのですが、小学校、中学校の間に、2回も札幌に引っ越しました。だからなのか、新しい場所になじむことはまったく苦にならないんです。友達何人できるかなとか考えたこともなくて、どんな場に行っても自分は自分。人を嫌いになることもなかったし、順応性が高い子どもだったと思います。移動型の性分なので、会社に入ってからも、転勤を好み、3年以上同じ地域で働いたことがなく、引っ越しばかりしていました。

(谷)私も振り返ると、学校、中学校は大阪で過ごしましたが、大学が家からすごく遠かったので、実家に帰らずに転々としていました。働き始めてからも3年ごとに住む場所を変えていました。ずっと同じ環境にいると変えたくなるんです。

(大高)環境を変えることは刺激がありますよね。

(谷)飲食業をしていた時は、大きく住む場所も変えました。大阪から始めて、名古屋、千葉、沖縄にも1年住み、その後東京です。お客さんや知り合いに、こんな仕事があるよ、と、タイミングよく声をかけてもらって移動してきました。全部、人の縁ですね。

●一緒に働く中で、お互いをどのように感じましたか?
(大高)谷は同じことを2回聞かないし、見て察知して動ける。教えるということはなかったかもしれないですね。上下関係というより、チームという感じですね。一昨年に、羽田で丸善雄松堂が初めて直営の飲食店を作るという話があった時に、谷の経験は魅力的で、是非一緒にやろうと声を掛けました。

(谷)ずっと大高の背中を見ながら、頼もしいと思ってついてきています。話をもらった時も、おもしろそうだと思いました。いままでの経験を活かすことができるし、適材適所で引っ張ってもらえたということは嬉しかったですね。

●羽田には、どんな飲食店を起ち上げたのですか?
(大高)羽田空港の隣にある天空橋駅に、一昨年、羽田イノベーションシティという施設ができたんです。まだ知る人ぞ知る場所なのですが、そこにオープンしたCreadisceという、書店、ダイニング、ラウンジがひとつになった複合型コミュニティラウンジです。

(谷)駅直結なのですが、その施設以外は何もない。飲食店も10店舗あるかどうかという場所です。

(大高)コロナ禍でなければ、オリンピックもあったし、海外需要が見込めたので盛り上がるはずでした。でも途中で、出店する店舗も減ったりして…。

(谷)店の内装もできていたのに、オープンしない店もあったりしましたね。

(大高)丸善雄松堂の基本的な考え方が「知と「学び」なのですが、海外に行く人にも来る人にも、学びを提供できる場所を作りたかったんです。小学生から研究所のスタッフ、航空関係の企業の研修にも使えるかもしれないし、大田区と連携して、いろんなイベントをやっていける場にしようと考えていました。

●コロナ禍での出店は、さまざまな苦労があったと思います。
(大高)そうですね。直営店第1号だったので、オープンせずに終わるわけにはいかないと思いました。大田区と連携して、こんなことできたらいいですよね、というイメージを膨らましていこうという時だったのですが、当初はリモート勤務に慣れず、オンライン会議もままならなくて、半年くらいは話が進まなかったです。他社の力添えはあっても、私たちが主導でやらないといけない。丸善雄松堂に直営の飲食店の実績もないし、これであっているかなと、ひとつずつ手探りだったので、谷の飲食業経験にはとても助けられましたね。

(谷)実際の飲食業務は別の会社にお願いしていますが、マーケティングまではアンテナを張っていないので、私たちの方から、こういうことはできないかと提案しないといけない。そしてそれを実現させていくというのが、私の仕事でした。

(大高)ホテルの横にあり、契約で宿泊者に朝食も出しています。年中無休で朝5時オープン。海外からの多様な客層を予想していたので、朝からずっとブッフェをやれば、何らかの料理にはまってもらえるのではと見込んでいました。それでブッフェに力を入れようと進めていたところ、コロナ禍でやるべきではないのではと、断念せざるを得なくなったんです。

(谷)いまはビュッフェではなく、洋食をメインに和食も出しています。丸善に伝わるハヤシライスも鉄板メニューとして出しています。

●それから、兜町でBook Lounge Kableの起ち上げを始められたのですね。
(大高)そうですね。企画自体は2年前頃から企画担当者が動いていたのですが、私たちは昨年の7月頃から取り組みました。

(谷)ここに入れたのが8月末頃でしたかね。

(大高)そこから運営部隊として現場での準備を始めたという感じです。

●起ち上げ期間は2カ月しかなかったのですね。
(谷)大体、店の立ち上げってそんなスケジュール感なんです。

(大高)体力勝負ですね。初めはいろんなことが決めきれない点が多く、スローペースでしたが、什器やインテリアが設置され始めると気持ちも高まり、書棚が設置されてからは書籍の陳列で日々追われていましたね。

●ここに初めて入った時、どんな印象を持ちましたか?
(谷)緑が多い空間が好きなので、おぉ良いな!と思いました。窓ガラスも多く、日の光がたっぷりと入ってきて明るい。広い場所なので、お客さんにたくさん入ってもらわないと寂しくなっちゃうな、というプレッシャーも感じましたね。

(大高)最初に入った時はまだイスもなくて、天井と床のサークルがインパクトあるなと思いました。こんな都会ながら、生木が飾られているので自然を感じられて、ゆったりとした気分になる。平和不動産様は自然を重視してKABUTO ONEを設計したと聞いていたんですが、気持ちにゆとりを与える場所ってこういうことを言うんだなと思いました。

普段ビジネス書を読んでいる人たちが、いつもは手に取らない本と出会う場になっていると思います。本来の書店の役目である、自分の幅を広げてくれる本と出合うきっかけが提供できている。

●起ち上げの際の思い出深いエピソードってありますか?
(谷)Kableは会計がキャッシュレス決済のみなので、システム障害が発生すると会計が出来なくなるという不安もあったし、全く現金なしで運営に支障がないのか不安がありました。時代に逆行した不安ですね。

(大高)店のインフラを整えることが、私たちの仕事なので。ソリューションといえばかっこいいのですが、いわば問題解決部隊なんですよね(笑)。

●オープンから数カ月、滑り出しは順調でしたか?
(大高)ここは1時間ごとに料金が生じる有料制という仕組みです。ビジネス街のど真ん中で、思っていたよりも会社員の出社率が低かったこともあり、初めは客足が多くはなかった。ご時世的に、告知を控えめにしたということもありました。

(谷)でもランチタイムに料理を頼めば入場無料になるので、昼ごはんを食べに来る人が非常に増えました。ブックラウンジでありながら、洋食を中心に本格的な食事が楽しめるんです。ランチタイムは忙しい人も多いですが、それでもお客さんの半数近くは何かしら食後に本を手に取っていますね。

●兜町関連の経済や金融の本が多いように見えますが、どんな本が手に取られていますか?
(谷)経済、金融系の本が店の半分近くを占めています。でも、実際に手に取っていただいたり、購入される本は、暮らしにまつわるものだったりします。「知恵と言葉」というコーナーがあるのですが、著名人の言葉の本や人を引き付ける力を付ける啓蒙系の本も人気です。そういう、より現実的な本が手に取られている傾向はありますね。

●ライフスタイル系の本が好まれているのはなぜでしょうか?
(大高)兜町は金融の町なので、当初のコンセプトである経済や金融の本が手に取られやすいと考えていました。暮らしや言葉など、抽象度が高い本が好まれているというのは意外でした。ここには、癒やされるために来ている人が多いということでしょうか。普段ビジネス書を読んでいる人たちだと思うので、あ、こんな本があるんだ、と、いつもは手に取らない本と出会う場になっていると思います。本来の書店の役目である、自分の幅を広げてくれる本と出合うきっかけが提供できている。ビジネス系のコミックなども、相談しながら入れていきたいですね。でも実際に手に取るものは違ったとしても、経済や金融の本はここになくてはならないとも思うんです。この店のコンセプトとお客さんの好むもの、その塩梅がとても難しいと感じています。

(谷)そこは日々葛藤ですね。いろんなことを見て、自分の中で消化させて、思ったことや起こったことは人に伝えていって、常に模索しています。今日あのお客さんがこの本を手に取ったなとかチェックして、好まれる本の傾向を知るようにしています。

(大高)現在2500冊ほどの本があるのですが、倍近く入れていきたいです。でも冊数で本屋に勝てるわけではないので、お客さんの傾向を見てから本当に求められているものを見極めて、よりリアルな提案をしていきたいですね。

店ができて、そこで満足というのは絶対ないですね。起ち上げるよりも、軌道に乗せることが大事。軌道に乗って、初めて一段落つける感じです。

●お客さんの好みを把握するために、工夫していることなどはありますか?
(大高)一度手に取った本は棚に戻さず、返却ワゴンに置いてください、と、周知しています。図書室みたいなシステムですね。いまの衛生的な問題も含めて、直接棚に戻してもらうよりも一度回収してスタッフが棚に戻した方がいいのではないかと始めたことだったのですが、お客さんがどんな本を手に取ったかという情報収集にも繋がっています。

●起ち上げたことで、やりがいは感じましたか?
(大高)起ち上げの時って、実は満足感はないんですよね。それよりオープンして、ここを変えていこうとか、この方がいいよねと、毎日、課題を見つけてひとつずつ向き合っていく。そういう時にやりがいを感じますね。

(谷)店ができて、そこで満足というのは絶対ないですね。起ち上げるよりも、軌道に乗せることが大事。乗って、初めて一段落つける感じです。

●ふたりとも体力面を考えて現職に就いたと言われていましたが、体力勝負な仕事のように感じます(笑)。
(大高)そうなんですよ(笑)。朝8時に出て、帰りは夜10時とか、まあサラリーマンには多いパターンですけど。でもオープンの時ってずっと立ちっぱなしで、メールひとつ打つ時間がないんですよね。

(谷)何かしらずっと作業しています。アドレナリンが出ているのかもしれないですね。
大高:1カ月は休みが取れません。でも成功させたいし、失敗したなんて口が裂けても言いたくない。そんな気持ちで動いています。お客さんから、ありがとうという言葉をもらうと嬉しいし、良い店を作って喜ばれたいですね。

(大高)お客さんの様子を見ながら店を少しずつ変えていって、それで、ちょっとしたことでも気づいてもらえたりした時は嬉しいですよね。

兜町を好んで来るというよりも、たまたまこの兜町で働いていて休憩のために来る人だったり、近所に住んでいる人だったり。この場所というより、この町の人を知っていきたいですね。

●兜町の中で、Book Lounge Kableをどんな場所にしていきたいですか?
(大高)兜町を意識しないといけないけれど、意識し過ぎてもいけないと思います。兜町を好んで来るというよりも、たまたまこの兜町で働いていて休憩のために来る人だったり、近所に住んでいる人だったり。この場所というより、この町の人を知っていきたいですね。金融マンが休憩時間に暮らしの本を手に取ったり、休日に遊びに来たカップルが、兜町だからってビジネス書を手に取ったり。兜町というキーワードはなくならないですが、そんな偶然の出会いを作っていけたらいいですね。

●兜町にはあったらいいと思うものはありますか?
(大高)自然を求めてしまうので、この店は緑も多いし、水音も聞こえて、良い意味で揃っているなと思っています。でも酸素ブースとかほしいですね。寝ないで仕事している人も多い町だと思うので、とりあえずコーヒーではなく、酸素を吸いに行こう、みたいな、そんな異次元の場所があってもいいですよね。

(谷)この店に酸素ブースを置こうと思えば、できなくはないですね(笑)。一種のヒーリングスポットとして利用されるかも。

(大高)いま現実的に考えているのは生演奏ですね。何曜日の何時とか決めて、ここでピアノの生演奏が聞けたらいいなと。おいしいコーヒーだけでなく、生演奏を聞いて職場に戻るとかいいですよね。

(谷)兜町にいる人は普通の癒やしだと満足しない人たちだと思うので、お客さんが選んでくれる場所にしていきたいですね。

大高潤・谷一興

大高潤

Jun Otaka

1966年千葉県生まれ。学生時代はスキーに没頭する。新卒で丸善株式会社に入社し、店舗運営や新店立ち上げなどの経験を積む。2021年7月より、Book Lounge Kable 開業プロジェクトに参画し、主に運営サポートを担当している。

大高潤・谷一興

谷一興

Kazuoki Tani

1972年大阪府生まれ。学生時代はサークル活動と旅行をして過ごす。メーカーで10年勤めたのちに実家のある大阪に戻り飲食店の立ち上げなどを経験する。その後丸善雄松堂株式会社に入社し、2021年7月よりBook Lounge Kable 開業プロジェクトに参画。主に運営全般を担当している。

Text : Momoko Suzuki

Photo : Tomohiro Mazawa

Interview : Momoko Suzuki


兜町の気になる人

(谷)easeの大山さんが気になります。腕一本で、あれだけお客さんを集めているのは尊敬に値しますよね。

(大高)平和不動産の水田さん。1日2回とか店に来ていただいていて、すごく気にかけてくださっています。1950年代頃は、バーバリーのコートを着て大阪の心斎橋にある丸善で洋書を読むみたいな、そんな露骨な文化について語ったりできるのも楽しいんですよね。