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HOPPERS
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食を通じて感性の旅を。希少なモダンスリランカに浸る

その「一皿」、「一杯」は、どのようにして生まれたのか。店のシグネチャーを紐解けば、その店の感性や哲学、食材へのこだわり、生産者の姿勢まで見えてくる。フードやドリンクの背景にあるストーリーから、兜町を形作る点と点が線になる。

Dialogue of Food」第8回では、味も栄養価も抜群で、見目麗しく彩り豊かなスリランカカレーが人気の「HOPPERS」へ。日本の食材とスリランカの食文化を融合させて発信する前代未聞の取り組みが織りなすスペクタクルを、ぜひご賞味あれ。

兜町のランドマークともいえる存在のビル「KABUTO ONE」。兜町交差点のちょうど裏側、東京メトロの駅から直結した出口を通りぬけ左前方へ歩を進めると、ミニマルでスタイリッシュな店構えが目に入る。コンクリート造りのハイセンスな外観の雰囲気から一転、扉をくぐればスリランカの現地語が厨房に飛び交い、真心あふれる接客とカラフルな料理が光彩を放つのが、「HOPPERS」の持つうれしいギャップだ。

「スリランカではまだ外食文化があまり発展しておらず、家でもレストランでも同じようなメニューが愛されています。そういうローカルな食文化をベースにしながら、全国の農家さんから仕入れた日本ならではの食材を積極的に取り入れつつ生み出したのが、ここで提供する“モダンスリランカ料理”。世界的にもまだ数少ないジャンルです」と、オーナーシェフの伊藤一城さんが教えてくれた。自身で世界中を旅した経験から日本でいち早くスパイスに着目し、さまざまなおいしさを伝えてきた彼。押上の名店「スパイスカフェ」に続く記念すべき2店舗目となるこちらでは、料理の腕をふるうスリランカ人のシェフたちと伊藤さんを始めとする日本人スタッフとの協業で、日々新たなメニューを考案しているという。


●前菜5品盛り合わせ

ディナーで展開している「モダンスリランカコース」の最初にサーブされるのが、スリランカの名物を少しずつ堪能できる前菜プレートだ。

この日のラインナップは左から、ラムをスパイスでドライに炒めたソーセージのような味わいのバドゥンと、ワダという名を持つ豆ペーストの甘くないドーナツ。真ん中に小さな黄身がかわいらしい名物のミニホッパーを挟み、スリランカ風お粥のコラキャンダ、主食のひとつであるココナッツロティが続く。

コラキャンダには日本の明日葉を、ロティには鮎とグリーントマト、ミントを使用。コラキャンダとは、伊藤さんによれば「スープとおじやの合いの子みたいな料理」だといい、スッと体に入ってくる明日葉のスープと器の底から顔をのぞかせる米の食感とが優しく舌になじむ。ロティは鮎の濃厚な旨みを引き出した、川魚のクセをいっさい感じさせないペーストと、爽やかなグリーントマトやミントが絶妙なハーモニーを奏でる一品に。

日本で生活していてはめったにお目にかかることのできない料理の数々。旅先で見聞を広めるかのような心持ちで、一品一品との出合いを楽しんでほしい。

●ホッパー

お次はスリランカの国民食であり、この店の名前の由来にもなったという、ポップな見た目のひと皿を。「ホッパーは、スリランカの国民的な屋台料理の一種。米粉とココナッツミルクを軽く発酵させて作るパンケーキのようなもので、底の深いボウル状のフライパンで形成する丸っこいフォルムに特徴が」と、伊藤さんがレクチャー。「向こうでは、街角やバス停の屋台でよく売られています。朝食から3時のおやつ、夜の軽食と、食べるタイミングはいろいろ。本当に幅広く親しまれているスナックなんですよ」

本国には生地だけで作るプレーンホッパーもあるけれど、この店でオーダーできるのは、卵を落としたエッグホッパー。ココナッツミルクに由来する甘く香ばしい南国感のあるフレーバーとミルキーな味わいが、半熟卵と優しくマッチする。

横に添えてあるのは、スリランカでは一般的な副菜のサンボル。玉ねぎがメインの甘いテイストで、現地ではほかにチャツネなどをつけて食べることもあるそうだ。「最近は、チョコレートをかけるなどした“アレンジホッパー”も出てきていて。いつかこの店でもそういう変わり種のものや、テイクアウトに取り組んでみたいですね。見た目もかわいいので、流行るんじゃないかなと。日本にもホッパーブームを巻き起こしてみたいです(笑)」

●ライス・アンド・カリー

最後にお見せするのが、これなくして「HOPPERS」を語れない、スリランカ風のライス・アンド・カリー。ライスの上に多彩なおかずを盛りつけ、少しずつ混ぜながらいただくのがローカル流だ。「全部を一度にミックスするのではなく、おかず単体で食べたり、2つ3つを混ぜたり……と、味のグラデーションが楽しめるのがスリランカカレーの醍醐味。混ぜるおかずの組み合わせも自由だから、食べるその人ならではの味わいがあるのがおもしろい点なんです」と、伊藤さん。

「スリランカでは、日本でいういわゆるカレーライスのことではなく、このようにごはんの上におかずが数種のった定食のことを『ライス・アンド・カリー』と呼びます。おかずは4種くらいが一般的なので、うちで出しているのはちょっと豪華な“ハレの日”仕様のもの、といえますね。日本のカレーは米とルーが同量くらいの割合のものが多いと思いますが、スリランカではルーが少なめでごはんをたっぷり、というバランスが基本。また、アーユルヴェーダ(※)の国なので、食事はアツアツではなく常温でいただくのが普通なんです」。さらに、おかずは多くが野菜由来。たっぷりの野菜を含んだ自然な温度の食事が、胃の働きを活性化してくれると考えられているのだという。

※アーユルヴェーダ
インドとスリランカ発祥の伝統医学

プレートの上にイワシが丸ごと一匹鎮座する様子は、インパクトたっぷり。「このイワシだけは、日本のおいしい干物屋さんから仕入れた丸干しをオーブンでローストして使用。スリランカでは油で揚げたものをのせるのが普通なのですが、こんなにおいしい日本の食材が手に入るので、その環境を活かしています。ここが、うちのライス・アンド・カリーの“異端”なポイントですね」。これらのおかずは、旬の野菜をベースに随時更新される。日本の四季に応じて手に入る旬の食材や独自の料理からもインスピレーションを得て、各国出身のスタッフたちが力を合わせ、イノベーティブな味わいを開発しているのだ。

古来より人類の食を豊かにしてきたスパイスの神秘とスリランカのローカルフードに、日本のフレッシュな食材の数々と独自に進化してきた叡智を組み合わせて。洗練された空間で革新的な料理をいただく体験は、まるで初めての場所を訪れたような新鮮な驚きをもたらしてくれ、心身を快い中庸の状態と明日への新たな活力で満たしてくれるはずだ。


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伊藤 一城

Kazushiro Ito

1970年、東京都・墨田区生まれ。大学卒業後、空間デザインの会社に4年間勤務した後、世界一周の旅に出て3年半で48カ国を巡る。あらゆる料理との出会いの中で、特にラッサムをはじめとする南インド料理に衝撃を受け、自分の料理店を持つことを決意。帰国後、イタリア料理店で1年、インド料理店で2年、スリランカ料理店で1年経験を積む。実家が所有する1960年築の木造アパートをセルフリノベーションし、2003年11月に「スパイスカフェ」を開業。2022年に「スパイスカフェ」がミシュラン東京ビブグルマンに掲載される。2021年12月、兜町「KABUTO ONE」1階に2店舗目となるモダンスリランカレストラン「HOPPERS」をオープンした。2024年に「HOPPERS」もミシュラン東京ビブグルマンに掲載される。

Interview&Text : Misaki Yamashita

Photo : Naoto Date