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PONY PASTA
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PONY PASTA

毎日手づくり。奥が深い生パスタの話

その「一皿」、「一杯」は、どのようにして生まれたのか。店のシグネチャーを紐解けば、シェフの感性や哲学、食材へのこだわり、生産者の姿勢まで見えてくる。料理の背景にあるストーリーから、兜町を形作る点と点が線になる。

2022年12月に、兜町のマイクロ複合施設「景色/Keshiki」の1階にオープンしたPONY PASTA。エントランスを抜けると、スペースをシェアしているグリーンショップ「MOTH」の緑があふれる心地のいい空間が広がる。

シェフは、イギリス出身のTim Mawnさん。レストランのメインを生パスタに決めたのは、「お客様が頻繁に食べることができて、口に合うもので、なおかつクラフト的な要素があるものをつくりたい」と考えていたからだ。

「自家製麺は手づくりなのでクラフト感があって、日本の手打ちそばや手打ちうどんと重なる部分があります。ですから、生パスタは日本人に説明しやすいと思いました」。ランチの時間帯のPONY PASTAでは、オープンキッチンで手間暇かけてパスタを生地から手づくりしている様子を見ることができる。

●ミックスリーフサラダ、フレゴラ刻み卵、粒マスタード

まずはサラダから。「シェフはメインディッシュと同じくらいサラダに力を入れるべきだと思っています」と、Timさんが語る一品だ。

「サラダで一番大事な部分はドレッシングです」。このドレッシングは、Timさんがフランス北部のブルターニュ地方の町、ディナンに滞在していた時に学んだレシピをアレンジしている。
甘みと酸味が感じられて風味がよく、リッチでありながら軽いので、とてもエレガントだ。使っているのはシェリービネガー、ハチミツ、フレッシュなニンニク。それらを1カ月間、発酵させてうまみを出し、マスタードとオリーブオイルを加える。シンプルだが、細部にまでこだわっているドレッシングだ。

食材は旬のものによって日々替わる。葉ものは、山梨のオーガニック農家のもの。外で育てられているので、味がしっかりしている。そこに豆やフレゴラという粒状のパスタ、刻んだ卵、食感を出すために自家製ローズマリーブレッドのクルトンを入れている。そして、仕上げにパルメザンチーズ。

「私がつくるものはすべてヨーロッパを旅した時に覚えた味なので、日本人の口に合うように調整することはありません。なぜなら、食べている間にヨーロッパを旅しているような気分になってほしいからです。本場イタリアの味やパスタを味わってほしいのです」。

●パスタについて

PONY PASTAに来たら、やっぱりまずオーダーしたいのが生パスタ。
「パスタの生地のレシピを開発するのに3カ月かかりました。非常にしっかりとした生地を打つことで、細い麺もつくることができるんです。軽い卵の風味があります」。

中でもTimさんのお気に入りは、一番細いパスタのタリアリーニだそう。「ラーメンのような食感があります。5秒の違いでゆで過ぎになってしまうこともあり、完璧に仕上げるのはとても難しいのですが、だからこそ好きなんです」。

温度や湿度などによって、パスタの生地の状態は毎日変わるので、生地のことを読み取る技術も必要だ。「パスタは誰もが当たり前に食べているものでとてもシンプルですが、勉強して生でつくってみると、実はとても複雑なものだということがわかります」。

生パスタづくりは、職人の手仕事にも似ているとTimさんは感じている。
「毎日同じようにやって何度もつくるのに、いつもどこか微妙に違う。そのくり返しがアートなんです。一貫性を持たせようと思っても、なんだか無理がある。その時の気分によっても味は変わる。パスタは本当に奥が深いです」。

●手づくりタリアテッレ、じっくり煮込んだラグー

「これは最もイタリアらしい、伝統的なパスタ料理です。イタリアでは時間があるおばあちゃんがつくるのが一般的です。私たちがつくるものはまるでおばあちゃんがつくったかのように、ソースは2日間かけて煮込み、パスタは毎日打ち立てのものを使っています」。

ソースはまずソフリット(香味野菜をじっくりと炒めたもの)をつくり、次にラグーにする。「ラグーは、野生の鹿、イノシシ、豚、牛など、さまざまな食材を使うことができるのが魅力です」。2日間煮込むことでタンパク質が分解され、より深い味わいになっている。

PONY PASTAのラグーには、どんな特徴があるのだろうか?
「平らなパスタと一緒に食べるのが特徴だと思います。イタリアではラグーは必ず平らなパスタと食べますが、イタリア国外ではみんなスパゲッティを使っていますね。これはボローニャ発祥の料理で、現地ではつくりたてのタリアテッレと一緒に食べるのが普通なので、PONY PASTAでもそうしています」。

見た目はとてもシンプルだが、調理はとても複雑で、それはこの店自体のテーマでもある。それゆえ、日によって肉の種類も変えている。「大事なのは、肉の4割は5ミリ、6割は8ミリにカットすることで、不均一で面白い食感を生み出していること。そうすることで、一口一口の味わいが違うものに感じられるんです」。

そして、ベイリーフ、タイム、ローズマリー、セージといったハーブで味付けされて、PONY PASTAのラグーのパスタが漂う湯気とともにテーブルに運ばれてくる。

●手づくりラビオリ、そら豆とリコッタチーズ、セージバター

「そら豆、レモン、リコッタといった食材は、とても春らしい味わいなので、この季節にぴったりです。それに、かわいいですよね」。

主にディナーでのみ提供されているラビオリは、ランチのパスタよりもう少し洗練された味わいになっている。

「私たちは周りにあるものを使って、それを最高の形で活用します。ヨーロッパの料理が旬のものを使うのと同じで、日本とヨーロッパの料理には重なるところがあると思います」。

●蒸しアスパラガス、ゆで卵、タラゴンマヨネーズ

ディナーのメニューからもう一品、フランスのビストロの伝統的な料理が元になっている一皿を。グリビッシュソースと呼ばれる、刻んだゆで卵とケッパー、タラゴンを使ったマヨネーズが添えられている。見た目はタルタルソースにも似ているが、「よりエレガントです」とTimさん。このアスパラガスは栃木産。

「この料理のポイントは旬の野菜、最盛期のものを、とても美しい素朴なソースとともに披露することです」。仕上げにローズマリーパン粉とチャイブ、アップルバルサミコ酢、ベーコンをトッピングしている。サラダと同じくシンプルなようでいて、いろいろな要素や手順によってつくられている。

ロンドンではハイエンドなレストラングループのシェフを務めていたTimさん。「本物でありたい、職人であることを示したい」と考えている彼らが旬の食材を使って手がける逸品を、PONY PASTAではカジュアルに味わうことができる。イタリアのおばあちゃんによる料理のような手仕事の温かみもあり、食べ飽きないような味だ。

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ティモシー・マウン

Timothy Mawn

1975年、イギリス・ノッティンガム生まれ。ロンドンのファインダイニングのレストランで修行した後、料理の知識をさらに深めるためにヨーロッパを旅し、フランスのリヨン地方を拠点とする。ロンドンに戻った後は、高級プライベートダイニングレストランのグループのエグゼクティブシェフを務めた。2015年に東京に拠点を移し、以来、日本とロンドンの両方で新しいレストランのコンサルティングを行っている。

Text : Takeshi Okuno

Photo : Nathalie Cantacuzino

Interview : James Koji Hunt