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田中開
田中開

2021.04.30

田中開

青淵-Ao-

Among us 僕らを取り巻く社会と個人の境界線

渋沢栄一の雅号(ペンネーム)である青淵(せいえん)から、その名がつけられたAoは、K5に入る本に囲まれた真紅のライブラリーバー。かつての渋沢栄一の書斎をイメージした空間で、彼の思想を体験として持ち帰ってもらいたいという思いからか、テーマカラーである青の波長を吸収する補色の赤が大胆に空間を構成している。そんなお店を始めた田中開さんが、社会という実験の場で飛び乗ったバスの車窓から眺める景色とは。これまで自己実現のためにやって来たこと、そして、これからの興味の矛先について聞いた。

●生まれは?
ドイツのブレーメン生まれで、2歳から日本に来ました。

●学生時代に情熱を注いでいたことは?
部活は、中学から大学までバドミントンを10年間やっていました。

●バドミントンを通して学んだことは?
“努力は才能には勝てない”。センスの部分ですかね。
どんなに努力しても強い人はずっと強いし、弱い人はずっと弱い。僕自身は、強い人の横でその人が勝ち上がる様を一緒に見て喜んでいる立ち位置でした(笑)。

●大学では何をしていましたか?
体育会バドミントン部に属していながら、哲学批評研究会・かくれんぼ同好会というサークルにも首をつっこんでました。それと自分でも拡張文化研究会というサークルをつくってみたのですが、あまり活動しなかったので1ヶ月で幹事長を退任させられてしまい(笑)。
かくれんぼサークルは、バトミントンがあったのであまり行けなかったのですが、面白い人がいたので、月に一度は遊びに行っていました。かくれんぼサークルに多次会というイベントがあって。二次会以上で、百次回までやるという。とにかく人を絶やさずに繋ぐって飲み会で、100人は所属していたサークルだったので、いかに人を集めるかというところで奮闘していました。五十八次回ぐらいになると、部室で2人だけで語る場面もあって、ただただ辛さに耐えていました。哲学サークルは本を読んでいただけでしたね。

●その後、どんなことをしていたのでしょうか?
途中で親が他界してしまい、その遺産で2年ぐらい遊んでいました。大学院へは行ったのですが、その頃にOPEN BOOK(※1)を始めたんです。
お金が減って来たので増やそうと思って。新宿ゴールデン街は、親父が仲の良かった土地柄もあり、土地ごと物件を買いました。

※1 OPEN BOOK
新宿ゴールデン街のレモンサワー専門バー

人生において何をやるべきか。自分の興味というよりは、自分にしかできない個人的なことがしたいです。

●お店を始めるにあたり、サークルでの経験は活きていましたか?
いや、活きてないかと(笑)。そういうのって逆にあるんですかね。もしそう言っている人がいたら、きっと嘘ついてるんじゃないかな。
経験を積んで努力しないと何事も成し得ないというのは甘えであって、そこでの経験がなかったとしても、その人のセンスでできるかもしれない。努力に理由を求めちゃってますよ。僕の場合はあまり努力してないので、もっと努力しなければとは思っていますが。

●努力せずしてここまで来ることができたのは、何か極意があったからなのでしょうか?
極意はないですけど、やっぱり、親の愛じゃないですか? 親にどれだけ愛されたか。
センスの部分ってある程度そこで形成されてしまうのではないかと思います。

●OPEN BOOKはオープンしてからどうでしたか?
流行りましたよ、爆流行り! 儲かりました(笑)。

●そこから、いろいろと話が舞い込んだのではないでしょうか?
以前は来るものは拒まずのスタンスで、お話さえあれば片っ端からやっていましたが、全てに時間は割けないし、お金が減る一方なので、今は選ぶようにしています。GYRE(※2)案件の影響も大きかったです。あとは、やっぱり向こう側から「やりませんか?」って来る話が良いとは限らないと思います。必ず何かしらの意図があるはずで、向こうから一歩踏み出すっていうのはバランスがわるい。
ただお金を出してほしいのか、僕にやってほしいっていうのも怪しいし、誰でも良いのかってところもある。逆に、こっちが一歩踏み出して「やりたい」って言うのも、結局カモにされてしまったり。常にそうだったわけではないので、まだニュアンスなんですけどね。でも“お互いが半歩ずつ歩み寄る”っていうところが最適解なんじゃないかと思うんです。お互い半歩ずつ踏み出して物事を進める感覚がちょうど良いのではないかと。リスクにしても何にしても。

※2 GYRE(ジャイル)
表参道にあるGYREビル4FのGYRE FOOD

●この先やりたいことをどのように実現していきたいと考えていますか?
どんどんやりたいことにフォーカスしていく感じでしょうか。人生において何をやるべきか。自分の興味というよりは、自分にしかできない個人的なことがしたいです。“遺伝子に刻み込まれた運命、ライフメッセージというものをどう宇宙と対話するなかで紡ぎ出すか”じゃないですかね。遺伝子との対話的な(笑)。でも何をするか考えてはいますよ。お酒をつくることもそうですし。実際に色々やってみて、時に案外のめり込まない自分がいることもわかった。そして、人にやってもらうほどでもないという。でも、せっかく仕事にするなら、お金を払っている以上、みんながそれに共感したり、情熱を注いでくれるものにしたいじゃないですか。たとえば、美味しい焼酎をつくる、という個人的なことにしても、そこにある社会的な関心が大事になってくると思います。何かを世に出す上で、そこに注ぐ情熱や共感に加え、それがどれだけ社会性を帯びていて、そのアイディアが社会のコモンセンスにどれだけ共鳴できるかというと、案外なかったりする。だから小さい会社ほど面白いことができると思っていて、Qusamura Tokyo(※3)にしてもYard Works(※4)にしても、真に個人的なパッションを社会に共有できる人って良い意味で狭い範囲にしかいないのかなと。

※3 Qusamura Tokyo
個性豊かな植物をその植物に合った器とセットで提案する植物屋

※4 Yard Works
植物を主体にした空間設計を手掛ける会社。K5の植栽も担当

現場から生まれたアイディアでも、共感してもらってはじめて開花することがあると思っていて、現場にいなくてもそこさえ叶えられれば、僕の役割としては成立しているというか。

●規模についてどうでしょうか? 組織に規模は必要だと思いますか?
事業規模はある程度は必要だと思いますよ。小説書いて生きていく、みたいなものであれば、個人でも済むかと。当然、その個人に社会的なものを求めなくても良いと思うし、逆に社会的なスタンスを求められることもあると思います。僕は、個人的且つ社会的であるという点では、OPEN BOOKがあればそれで良いかなとは思っています。規模を求めなくても、これは自分にしかできないという仕事があるし、一方で、規模が大きくなる可能性がある仕事もあったりして。なので、考え方ですよね。自分で考えると難しそうな気がするから、0からつくることはないにしても、そういう話があれば、手伝うことはあるかもしれません。

●そういう意味では、社会性と規模しか求めないケースの方が世の中に溢れている気がします。
世の中の大半がそうなんじゃないですか。なかなか個人性というものを垣間見ることはないですよね。ただ、個人的なものを集めることって大事だと思うんですよ。レストランでも5人いれば5人分の個性が交わるし、それがもっと大きくなっていけば、必然的に社会性とか意義を帯びるなかでその個人性は薄まっていきますよね。個人的なパワーって考えさせられますよね。そこをもっと考えていった方が良いと思っています。

●個人性が失われないように自身の事業には常にタッチしていたいという思いはありますか?
とはいえ、「それ良いね、広めよう!」というサポートにまわるのも一つの役割だと思います。現場から生まれたアイディアでも、共感してもらってはじめて開花することがあると思っていて、現場にいなくてもそこさえ叶えられれば、僕の役割としては成立しているというか。これが良いからやろうって僕が言って、人にやらせてはダメだと思うんです。

●今、個人的に興味があってやりたいことはありますか?
Among usという人狼ゲームを知っていますか?オンラインゲームなのですが、どんな飲み会よりも楽しくて(笑)。
あとは、何か頭のネジの外れたことでしょうか。OPEN BOOKはちょっと上品なので、もっと斬新な場所をつくりたい。例えば、お金を取らない何かとか。東京ってどこでもお金取るじゃないですか。だから、何もしないっていうのが必要なんじゃないですかね。ただの空き地とか。誰が草木を植えても良いし、どんな家具を持ってきても良い。但し、そこに責任は帯びているという。ビルでも良いですよ。自由に使えるフロアがあって、モノ売りたい人は売れば良い。でも、壁がないから落ちて死んでも自己責任(笑)。あとは、OPEN BOOKをケニアでやってみたいですね。

●どうしてまたケニアで?
だって格好良いじゃないですか、ワールドワイドで。普通だったら東京に何店舗も出すか、ニューヨークに出店すると思うんですけど、FUGLEN(※6)みたいに東京・オスロで展開するみたいな。ケニアで一年ぐらいお店を放置して、売上がどうなるか見たいです。

※6 FUGLEN
オスロ発のコーヒーショップ

●そう考えると、開さんがやっていることって社会実験なのでは?
良いこと言いますね! まあ、随分お金の掛かる実験ですけど(笑)。今度友達とおすしカンパニーという会社をつくるんです。お金を取らずに仕事の対価を寿司で奢り合う、みたいな関係を色んな人たちと築けないかと。物々交換でやって行く会社です。何でも良いんですけど、案件ごとに幾つかイメージしていて、最低でも寿司仕事、そこから車仕事、森仕事、最終的には島が手に入る島仕事まで(笑)。

●Aoのコミュニティについて教えてください。
OPEN BOOKもそうでしたが、コミュニティづくりが目的ではなく、自分の城を築きたくて始めたところがありました。対外的に発信すると言うより、自分の城がほしかったんです。そもそもコミュニティってつくるものではなく、自然にできるものじゃないですか。大学時代に人が自由に出入りしてた多次会みたいなもの。僕、普段アンチ・イヤホン派なので、街中でもバリバリ音を出しているんですが、感覚的には、そんなシームレスなコミュニケーションが近いかもしれません。ある状況に対して、入りたい人は入るし、出たい人は出て行く。たまたまそこに形成されていた状況を切り取ってコミュニティと呼んでいるのではないでしょうか。

●通常、社会に漏れ出ることのない個人のノイズを敢えて漏らすのは、やはり社会的実験の一環なのでしょうか? 自身の興味を掘り下げて行くなかで、個人と社会の境界線に直面する場所を挙げるとしたら?
どこにでも潜んでるんじゃないですか?ゴミを出して、なくなってることだってそうだし、事実、僕は保育園の隣に住んでいるので、朝はいつも子どもたちの掛け声で目覚めていますよ。社会に生きるってこう言うことだなと(笑)。

●最近できた目標はありますか?
旅行が大好きなので、ずっと旅行していたいというのが最近の目標です。移動すること自体が好きなんです。一次情報に触れることも好きですし、沖縄なんてアイデアの宝庫ですよ。そう言えば、飛行機が大好きな人がいましたよね、あの伝説の餃子屋さん誰だったかな……。ラジオのパーソナリティをやっている方で、東京から名古屋へ行くのに飛行機が好き過ぎてフランクフルト経由で行くって言う(笑)。新幹線で済むのに。

●そうした、ある種無駄なことにも意味はあると思いますか?
そもそも無駄と言ってしまったら無駄なんでしょうけど、例えば、みんな本を捨てるけど、それを並べれば良いバーになる。
もっとアートの文脈に近いんじゃないですかね、無駄なものに価値を見出す。経済合理性のなかで無駄とされてしまったものを敢えて個人的視点で拾っておくことは、特に効率化、デジタル化が進むサービス業において重要なことだと思っています。

●最後に、移動するということの意味を教えていただけますか?
移動の意味については、僕の祖父が『バスにのって』(※7)という本を書いているので、読んでみてください。僕の両親は、海外へ行ったら必ずバスに乗って終点まで行くんですよ。それでどうするかわかりますか? 来た道をまたバスで戻るんです。バスは必ず折り返してターミナルへ戻る。
移動というよりは、バスに乗る行為そのものを楽しんでいるんです。でも、母がアルゼンチンで乗ったバスが終点で止まるっていう事件もあったみたいです。運転手に怒られたって言ってました(笑)。そうだ、思い出しました。パラダイス山元さんです!飛行機好きの餃子屋さん。

※7『バスにのって』
田中小実昌著のエッセイ

田中開

Kai Tanaka

1991年、ドイツ・ブレーメン生まれ。東京在住。24歳の時にレモンサワー専門店「OPEN BOOK」を新宿ゴールデン街にて開業。以降、飲食の世界に身を置きながら、2020年にオープンした日本橋兜町のマイクロ複合施設K5内に入るライブラリー・バー「Ao」の経営に携わっている。直木賞受賞作家の田中小実昌を祖父に持つ。

Text : Jun Kuramoto

Photo : Naoto Date

Interview : Akihiro Matsui


田中開

青淵-Ao-

喫煙所に来る人

兜町の気になる人

K5の建物横にある車一台分のスペースに、1つだけ細長い筒状の一見モダンな物体が置いてあります。それが灰皿であることを見事に見抜き、一服する場所を見つけて来るその嗅覚に脱帽です。その方々に興味があります。