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橋本佳苗
橋本佳苗

2022.09.29

橋本佳苗

teal 店長

Bitter Sweet Symphony.
モノと人の接点に立つひと

渋沢栄一の旧邸宅跡地、日証館1階に入るチョコレート&アイスクリームショップtealで店長を務める橋本佳苗さんは、これまで自分が楽しいと思える方向を信じて真っ直ぐにその歩みを進めてきた。そのひたむきな信念は個を飛び出し、やがてチームを巻き込んでモノと人をつなぐ番いの役割を果たしはじめた。日本橋兜町という舞台で、幾重にも折り重なった楽器が奏でるオーケストラ交響曲のように、各々がその瞬間のベストを尽くし音色を響かせるtealで日々タクトを握る橋本さんに、これまでの歩みと接客を通したお店のあり方についてインタビューした。

●ご出身は?
東京の北区王子出身です。

●どのようなタイプの子どもでしたか?
外で駆け回っているようなタイプの活発な女の子でした。

●どのような学生時代を過ごしましたか?
体を動かすことが好きだったので、中学のときはバスケットがやりたくて、バスケット部があるかを確認して入学したのを記憶しています。高校ではもう辞めてしまいましたが。

●高校は何をして過ごされたのでしょうか?
あまり何をしたということもなくて(笑)。アルバイトをしながら普通に楽しく過ごしていたと思います。

●高校生の時って部活に専念するか、何か目的があってアルバイトに専念するといったように、大きく2つに分かれる気がするのですが。
何かほしくてとか、何か目標があってアルバイトしていたわけではなかったのですが、自分の携帯代は自分で払ったり、親の負担を減らすためにやっていたのだと思います。

●高校卒業後はどのような道へ?
保育士の勉強をするため、保育の専門学校へ進学することにしました。高校の先生には大学へ行けと反対されたのですが、4年間勉強するよりも早く社会に出たかったので、専門分野を2年間で学ぶことを選びました。

●専門学校生活はいかがでしたか?
本来は時間をかけて習得していくようなことを2年間で詰め込まなければならず、実習もあったので、ひたすら勉強の日々でした。高校時代より勉強したかもしれません(笑)。

●何が一番記憶に残っていますか?
実習です。やはり勉強することも多かったのですが、実習の時間が大半でしたので、楽しかった反面、すごく疲れるし大変だったのを覚えています。

●実習はどのようなことをするのでしょうか?
保育園2回、幼稚園2回、あともう一箇所、乳児院や児童養護施設といった少し特殊な場所も選ぶのですが、そうやって現場へ行って実際に働いている先生たちと一緒に子どもたちと過ごしながら研修を受けます。

●実際に実習を受けてみて、思い描いていた理想とのギャップはありましたか?
やはり、可愛いだけでは済まされないというか(笑)。目の前で怪我をしてしまう子がいたり、命に関わるお仕事なので、子どもたちと楽しく遊ぶイメージはあっという間に吹き飛んでしまいました。一人の人間を育てるという大事な役割とその責任を実感した瞬間でした。

●担当されていた場所にはどのくらいのお子さんがいらっしゃったのでしょうか?
場所にもよりますが、幼稚園だと30人くらい。ひとクラスにポンっと入れられて、実際に一日担任する日もありました。子どもたちの動きを予想しながら一日の動きを計画するんです。自分も緊張しているし、もちろん子どもたちは予想通りに動いてはくれないので、なかなか思うようにいきませんでした(笑)。

●それでも徐々に慣れてきましたか?
そつなくこなせるほうなので、子ども達とは仲良くやれたと思っています。でも、計画を立てる以上に記録を書かなくてはならなくて、それが大変でした。実習はまだ練習なので、必要以上に書く必要があって。教室の端から端までA4の紙を敷き詰めても収まりきらないほど見てなければならなかったぐらいで、寝る時間もありませんでした。

●どのくらい続けられたのでしょうか?
保育士はすぐに辞めてしまいました。

●体力的に継続が困難だったのでしょうか?
それもありましたが、きっかけは人間関係でした。これまであまり人間関係で苦労したことはなかったのですが、そつなくこなそうとするこの感じが気に入らなかったのか、あまりいい言い方ではないのですが、他の先生たちに目をつけられてしまったというか。はじめて攻撃を受ける側になり、通勤できなくなってしまって。そこまでして自分の人生でやる必要性があるのかと考えた末、辞めることにしました。

●その後はどうされたのでしょうか?
そうなることを想像していなかったので、しばらくどうしようかと考えていたのですが、保育の専門を出たけれど、これから新しく何をしたいということもなく、逆にこれまでやりたかったことをやればいいやと軽いノリでアパレルの道へ進むことにしました。

●アパレル業界はいかがでしたか?
契約社員だったのですが、4年半くらい働きました。まだ私がフワフワしていた時期で、何かしら理由をつけて辞めてしまいそうだったのですが、そこで出会った店長さんに叱られたことがあって。

●何と言われたのでしょうか?
その店長さんが、私が前職の保育士を辞めた理由を知っていたこともあり、「そんなことでは、いつまで経っても何も続けられないよ」と叱っていただきました。

●そう言われて、どんな気持ちでしたか?
じゃあ、続けてみるか。と、割と素直に(笑)。でも、店長さんが店舗移動になっても、なぜかそのあとを追うように私の移動先も同じになったりして。単純にご縁があって、その店長さんとずっと一緒だったんです。今思うと、その店長さんは自分の接客の理想像になっていると感じています。

●なんというアパレルブランドだったのでしょうか?
「THE EMPORIUM(ジ・エンポリアム)」という10代後半から20代前半の女の子がターゲットのアパレルブランドでした。接客をメインにずっと働いていました。

●4年半ほど経ったときに何があったのでしょうか?
ちゃんと社員で働きたいと思ったんです。まわりの大学に入った友達もある程度社会人としてやっている姿を見ていましたし、このまま中途半端な立ち位置でいいのか、私もちゃんと社員になって働きたいという思いが強くなってきたんです。ワールドという大きな会社だったので、社員登用システムはあったのですが、ハイブランドが軒を連ねるなか、小さなブランドという立ち位置では、現状、無理に近かったというか。時給や条件はギリギリまで上げてもらったものの、やはり社員として働きたいという思いが強くなり辞めることにしました。

●その後、やりたいことはすぐに見つかりましたか?
やりたいことって何だろうと考えたのですが、保育士は初期で辞めてしまったこともあり新卒よりも使い物にならないだろうと、まずは派遣としてある保育園に採用してもらいました。延長保育という遅い時間帯の子たちをみる仕事でした。

●保育の現場に戻ったのですね。
いきなり担任の先生を任されたので大丈夫かなとも思ったのですが、少しずつ勘を取り戻していきました。それで、ようやく3月末のタイミングで「ぜひ社員でうちに来てください」とお声がけいただくことができました。

●社員として働くことが叶ったのですね。
そうだったのですが、まだ販売に戻るチャンスがあるかもしれないと、そのお誘いを断ってしまって。

●え!?(笑)
保育士の資格があるならいつでも戻れるだろう。逆に接客をやるなら今なのかもしれないという思考になっていて。本当に自由ですみません(笑)。

●アパレルの接客販売に戻ったのでしょうか?
アパレルの世界はある程度わかったので、今度は洋菓子にと思い、未経験でも採用があったクリオロ(※1)に就職しました。そこに入社して、当時はスーシェフだった眞砂(まなご)さんとも出会い、今は一緒にtealで働いています。

(※1)クリオロ
小竹向原に本店を構える、サントス・アントワーヌがパティシエを務める洋菓子店。easeの姉妹店として大山恵介とタッグを組みtealをオープンさせた眞砂翔平がスーシェフを務めていた。

シェフがつくったモノをお客さまに届ける最後のポジションですし、それによって商品自体の価値が左右されることがある。

●クリオロに就職されたということですが、接客に魅力を感じたのはどのようなところでしたか?
自分に合っている気がしました。お客さまとの会話や、必要とされ喜んでもらうこと。私に会いに来てくれるような方までいて。感覚的もそういったモノと人との接点に立っていたかったというのがありました。

●接点に立つ行為は、橋本さんにとってどのような意味がありますか?
接点に立つことは、最後のバトンを渡す大事な役目だと思っています。シェフがつくったモノをお客さまに届ける最後のポジションですし、それによって商品自体の価値が左右されることがある。アパレル時代もそうでしたが、同じ商品でも、接客によって捉えられ方が変わってくると思っています。

●具体的にはどのようなことでしょうか?
お金では変えられない価値だったり、購入という体験のあとに来る関係性だったり。それがあるから接客を続けたいなと思えました。

●でも、なぜ急に洋菓子だったのでしょうか?
そうですよね(笑)。専門学校時代にケーキ屋さんでアルバイトしていたんです。ただ、チェーン店ではあったので、クリオロで働いてみて、全然フランス語が読めないし、フランス菓子の名前の由来もわからなくて。同じ接客でも覚えることがあり過ぎてパニックになりましたし、当初、お客さんに「こういう意味だよね?」と教えてもらって、「そうですそうです」とごまかしたこともありました(笑)。

●お店側のチームワークやコミュニケーションについて教えてください。クリオロには6年間いらっしゃったということですが、結構長い期間だと思うのですが。
最初に私が入った時が、今振り返るとベストメンバーだった気がしています。常に誰かが見てくれていて、助けてくれる。もちろん注意してくれますし、褒めてもくれる。それは、ただ仲良しという意味ではなくて連携が取れていたのだと思います。それも当たり前のように。最終的には店長というポジションまでいったのですが、メンバーが変わるなかで、そういった連携が当たり前なことではなかったということに気づかされました。

●当たり前と思っていたチームの連携を取り戻すために、店長としてどのように立ち振る舞っていましたか?
やはり人間なので相性はありしますし、新卒や私のような他業種の方も混じってくるので、そういった時にどうすればその時のベストになるのか、チーム全体をイメージしながら自分がどのように動くべきかを考えて行動していました。

●案外そういった雰囲気がお店に足を踏み入れた瞬間にお客さんにも伝わるものですよね。
知識があまりなかったので、いろいろケーキ屋さんをまわって勉強していたのですが、お客さんの視点でお店に入ったことで見える部分が経験としては大きかったのかなと思います。あそこは仲わるいのかなとか、すごく雰囲気わるいなというのは、すぐにわかってしまうので。

●クリオロを辞めてからはどのような動きをしていたのでしょうか?
とても好きな仕事だったので続けたかったのですが、体力的にこのまま続けていられるのかなと事務職の仕事を探していた時期でした。でも、給料は下がってしまうし、やはり販売員なのかなと考えていたときにeaseがオープンするタイミングで手伝って欲しいとお声がけいただいたんです。決して就職する感じで入ったわけではなかったのですが、そこで大山さんとお会いして、「どうせ働くなら社員になっちゃえば」と言っていただき、easeに入ることになりました。

美味しいのは当たり前として、その先にあるチームワークと接客で商品のポテンシャルを上げていくことだと思います。チームワークでいいお店にしていきたいです。

●easeに来たのがはじめての兜町だと思うのですが、兜町の印象はいかがでしたか?
この場所で本当にお菓子が売れるのかなというのが正直な印象でした。でも、大山さんをはじめ同世代に近い人たちが集い、みんなで頑張っているパワーを目の当たりにすることで、これからこの場所に新たな音色を響かせるのかなという期待感を肌で感じることができました。そうは言っても、自分の知っているお菓子を売っている街の印象とは全く異なったビジネスマンの街だったので、接客の仕方も変わるだろうなと、当初はいろいろ想像を膨らませていました(笑)。

●tealに移ったのはどのタイミングでしたか?
2021年11月。オープンのタイミングでした。easeにお客さんがついてきていたこともありますし、今までこの街にいなかったであろう20代、30代の女の子たちがインスタグラムを見て来てくださっています。

●街の風景とお客さんとのコントラストが面白いなと思って見ていました。先ほどtealの前を通ったときも、女性がずらりとお店の前で楽しそうにジェラートを食べていて。正面に東京証券取引所、真横に兜神社があるじゃないですか。
そうですよね(笑)。easeがオープンした当初と比べると、街の印象はかなり変わったと思います。

●tealの店長として、橋本さんの役割としては現状どのようなことですか?
正直、目の前のことで頭がいっぱいというのが現状です。システムやルールなどの体制が整っていたクリオロ時代とどうしても比べてしまうのですが、tealはゼロからのスタートでしたので、すべて自分たちでやらなければならない。お店をここまでもっていきたいという自分がやるべき役割は、これから果たしていかなければと思っています。

●コロナ以降、これまでの方程式のようなものが機能しなくなったことは大きいと思いますが、接客を通して今後このお店で表現していきたいことはありますか?
シェフがどういうお店にしたいかを実現させるということに尽きるかなと思っています。眞砂さんのつくる美味しいスイーツをダイレクトに伝えていく。それができる環境をつくっていきたいと思っています。美味しいのは当たり前として、その先にあるチームワークと接客で商品のポテンシャルを上げていくことだと思います。チームワークでいいお店にしていきたいです。

心地よい接客を通して次の機会に繋いでいくことが私の役目だと思っています。

●新しいチームでのスタートで、チームワークを円滑に進めていくためのアイスブレイクのような施策はありましたか?
コロナ禍ではあったので、みんなで旅行へ行くようなコミュニケーションを図るのは難しかったのですが、チームメンバーの会話のなかで全体の相性や個々のスキルを見ながら、自分たちのお店をどうやったらお互いが意見を出し合いながらつくり上げていけるかを見定めていました。

●現在直面している課題について教えてください。
tealを求めて来てくださるお客さんの需要と、それを迎える私たちの供給が追いつかなくなってきている課題があります。求めるサービスと現場で起こっている状況の乖離が大きくなってきていて、それがサービスの質に影響してきている。ただ早く動けばいいわけではないので。求める接客、イートインの環境の快適さをなど、今できる範囲でそれぞれのベストを尽くすことでしょうか。

●この客層に届けたいというのはありますか?
個人的には、今来てくださっている層に加えて、もっと家族みんなで楽しめる空間をお届けしたいと思っています。兜町周辺にお住まいの方も家族でベビーカーを引いている方も来てくれますし、少しずつ増えている感覚はあります。まだ新しいお店ではあるので、自分たちの理想がブレないようにしっかり見定めながらtealを大事にしていきたいと思っています。まずは知ってもらうことが大事だと思うので、心地よい接客を通して次の機会に繋いでいくことが私の役目だと思っています。

カモはエジプトでは財産を象徴する動物なので、そのカモの羽の色がTeal Greenというところに由来しています。

●ところで、tealというのは青緑色のことだと思うのですが、店名に由来はあるのでしょうか?
カモのモチーフがあると思うのですが、カモはエジプトでは財産を象徴する動物なので、そのカモの羽の色がTeal Greenというところに由来しています。兜町は金融の街ですし、もともと水運業が盛んだった背景もあったので、プカプカと浮かぶカモにぴったりなんです。

●そんな意味があったのですね。これからまた忙しい時期に突入という感じでしょうか?
そうですね。10月から5月頃まで、これからが繁忙期になるので気合を入れてやっていきたいと思っています。バレンタインもある程度周知いただいてからは初なので、ドキドキしています(笑)。

●お店のお菓子について教えてください。
チョコレートとジェラートのお店なのですが、前提としては全てチョコレートを使用しています。ジェラートに関しては使っていないものも扱っていますが、洋菓子はチョコレートの縛りがあるので、その条件を楽しみながら新しいものが出てくるのを私自身も楽しみにして働いています。チョコレートは本当に奥が深いので。

●オススメのお菓子を教えてください。
ジャックですかね。チョコレートの生菓子なのですが、眞砂さんを代表するケーキなので、ぜひ食べてみてもらえたらと。

●最後に、今後の目標について教えてください。
店長というところからさらに突っ込んでお店をどうつくっていくか、というところに関われるようになりたいと思っています。今は現場で動いていますが、俯瞰してお店をつくっていけるポジションで仕事することができたら、チーム体制やチームメンバーそれぞれの意識にも寄与しながら、より良いお店をみんなで楽しみながらつくっていけると思っています。ようやくチームメンバーの息が合ってきたので、これからより仕事が楽しくなってくるのかなと。楽しくないと仕事をする意味がないですからね(笑)。そう感じることのできる場面にたくさん出会えるような、そんなお店になれたらと思っています。

橋本佳苗

橋本佳苗

Kanae Hashimoto

1988年、東京生まれ。高校卒業後は保育士の資格を取るため保育専門学校へ進学するも、保育現場を経験するなかで徐々に接客へと興味を導かれ、アパレル業界へ。その後、好きだった洋菓子へと接客の舞台を移し「クリオロ」に就職、本格的なパティスリーで経験を積む。退職後、ひょんな誘いから日本橋兜町に舞台を移し、「ease」では販売責任者を経て、2021年11月より「teal」の店長に就任。現在はチームをまとめながら、接客を通してモノと人をつなぐ日々を過ごしている。

Text : Jun Kuramoto

Photo : Naoto Date

Interview : Jun Kuramoto


橋本佳苗

teal 店長

松田真依さん

teal

兜町の気になる人

松田真依さん
クリオロ時代から、ずっとパティシエと販売員という立場で同じ職場で働いてきているのですが、役割も異なることから本人のモチベーションや商品に対する想いとか深く共有したことないのです。ご縁があってtealでも同じ職場になったので、どのようにここを盛り上げていこうと考えているのか聞いてみたいと思っています。