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市耒健太郎
市耒健太郎

2023.07.19

市耒健太郎

クリエイティブディレクター フィルムディレクター UNIVERSITY of CREATIVITY主宰

都市は発酵し、クリエイティブに爆ぜる

かつて、コロンブスが大海原へと乗り出し新大陸を発見したように、いつの時代もクリエイティブを突き動かしたのは、人の創造性だった。産業革命に端を発した資本主義の行く末としての今、AI の勃興などによる私たちの生活はどのように変化し、都市の姿を変えていくのか。人の密度は創造性という名の菌を醸し、やがて都市を発酵させる。今回は、Kontext編集長の松井からUNIVERSITY of CREATIVITY 主宰の市耒健太郎さんに、都市の理想の状況や未だ見ぬ景色を生む創造性について、クリエイティブディレクターとしての視点から語ってもらった。

●今回の大きなテーマとしては、「都市の発酵」「クリエイティブディレクション」というのがあるのですが、そうは言ってもぼくと市耒さんとの視座の違いもあると思うので、まずは主宰を務めるUNIVERSITY of CREATIVITY(以下、UoC)についてお話を伺えないでしょうか。
UoCという学校を語る前に、まずはクリエイティビティの話をしましょう。これからの時代においてぼくが考えているのは、人間が持っている最大の資本は、絶対にクリエイティビティ(=創造性)につきるということです。2014年からダボス会議という名で知られるフォーラムに参加させてもらっているのですが、世界中の政財界のトップが集まる会議でのアジェンダっていつも、AI、ビッグデータ、IoT、ロボティクスが占めていたわけです。みんなハードウェアやソフトウェアの話はするのですが、ヒューマンウェアの話をしてないぞ、と。そして、今のChatGPTのごとく急速に進化していくと、油断してると人類がアルゴリズムの奴隷になってしまうってずっと危惧してて。そうならないように、人間の持っている「美を追求したい」「感動させたい」「わくわくさせたい」「見たことないものをつくりたい」という資質みたいなものを、職業や専門性を超えて明示知化したり、技能育成したり、あるいは創造性そのものを支援するプラットフォームが世界に今こそ必要だってずっと考えてたんです。

●それを実現するためのプラットフォームがUoCだったのですね。
それが最初の動機でした。かつては産業革命によって加速した機械化の反動としてアート&クラフト運動が始まって、バウハウスという学校運動体が生まれたり、フランスではアンドレ・ブルトンらを中心に人の妄想と世界を再契約するシュルレアリズムが生まれてきた。そういった歴史の轍を眺めていると、社会のインフラが大きく変わるときには、かならずヒューマニティとクリエイティビティが元気になる。歴史は繰り返すではないですけど、今はやっぱり「創造性」と言わないといけないなと強く思っていて。もっと踏み込むと、第一次産業革命では機関車が人の脚を代替して、第二次産業革命は手を代替した。今、第三次産業革命というのはコンピューターで、どちらかというと記憶、脳の海馬を代替したとするなら、第四次産業革命というのは最適化とか行動を促すためのマッチング、生活や企業のあり方にまで及んで来ています。今は、ある種、2045年にくるはずだったシンギュラリティが20年以上前倒しにきちゃったみたいなもんで。まさに人類の資質の再定義と文明への大戦略が問われているんです。UoCでは、創造性の研究から教育、その実装までを行なっていますが、特にAIとの共創研究、サステナビリティにおける創造力など、最先端のテーマに沿ったゼミやプロジェクトを多数進めています。

●コロナに関しては、どう考えますか? ぼくらは正にK5のオープンと重なり、コロナが原因で人が来ないのか、それとも社会の評価に値しないものだったのか。今振り返れば、前者ではあったのですが、場所や街について考えるきっかけになったのはいい経験でした。
開校と同時のコロナには苦労しましたが、良いこともありました。まず、DXやAIが一気に進んで、世界中の「創造性への期待値」が一気に跳ね上がったこと。またポストコロナ社会での新しい生き方や創り方、働き方への関心が集まったこと。これもベースは創造性になりますし、世界中のみんなが効率化や合理化の先の価値創造を考えるよいきっかけになった。また、コロナのピーク時にはキャンパス自体は閉じていたので、ファカルティ一同、クリエイティビティの研究に集中できたことも得難い経験でした。UoCもK5も場を運営するエネルギーって必要ですよね。ある種、コロナ禍を利用して思考を発酵させて、遠くへ向かってこうぜという指針を考えるきっかけになりました。

●市耒さんの考えるクリエイティブディレクションの定義について聞かせてください。
すごく強いアイディアとすごく強いクラフト。そして、それを仕掛けるためのアーキテクチャ。デザインにしても、コンテンツ創出にしても、それら3つの掛け合わせで今までにない感動を生み出すことだと定義しています、とりあえず。とりあえずというのは、本当はクリエイティブというのは言語化しきるとつまんない部分もあって、ぼくらは常にイレギュラーな怪物をつかまえなきゃいけないから。
でも、日常の仕事で、保守的な企業や政府は、今までにない怪物を生み出してほしいとはあまりお願いしてきませんよね。KPIは合理的なものが多く、前例主義がはばかってくる。だから戦略合目的にそって売上を上げる、とか、社会啓蒙という現実的な指針は当然満たした上で、どうやってクライアントと社会を驚かすことができるか。そこにどう感動を最大化できるか。最高のアイディアに、最高のスタッフィングをし、クラフトとして人の心を動かせるかを考える。ある意味、イメージにおける「未踏の新大陸」を目指す感じですかね。見たことない景色に向かって、本当はあるかわからないけど、それでも旅していく。ディレクションしてるときは実はあるのか不安で、見つかると安心するんですけどね。「ほら、あったじゃん!」って(笑)。まあ見つかるまで漕ぎ続けるから必ず見つかるんですけど。驚きや感動を生むコミットがなければ、コンサルタントと同じですよね。

常にインスピレーションは、マスとストリートとの作用と反作用で行き来するから。

●創造性における人のアイディアや手先のクラフトの議論をする前に、それらを支える社会の話をする必要がありそうですね。
そうそう、創造性を大切にする社会のアーキテクチャが今は、重要ですよね。高度成長期の時代は、クライアントも企業も、クリエイターに表現基盤を安定的に与えてくれたから、作家たちはアイディアとクラフトでそれをどう実現するかだけを考えさえすれば良かった。今は、世の中の潮流やメディアのふるまい、あるいはコミュニティ、文化もビジネスも含めたアーキテクチャが自律的に育つように設計する必要がある。だからこそ、クリエイターが初期設定から問題提起して、プロジェクトを起こしている方がぜんぜん面白い時代。いわば、「アーキテクチャクリエイティブの時代」になっている。素晴らしいビジネスモデルからK5のような文化運動体が立ち上がったようにね。こういうのが、これからのクリエイティブディレクションの主流になるだろうね。

●情報の受容が簡易化した今、あるべきクリエイティブディレクションや街づくりに関して、どのような人を必要としますか?
合理的な解が世の中に広がるのは、ChatGPTのようなインフラがどんどん成長するから。過去の成功例がすごい勢いでコピペされて世界が均一化の方へ向かうからこそ、「均一化に抗う不良集め」をまずはしたいよね(笑)。ここでノイズを起こそうよとか、柱は垂直じゃないのでいこうよとか、ここに錆びを残そうぜとか、規格外のものこそを愛する、いわば一点モノにこだわるクレージーな仲間がぼくは大好きです。

●どこへ行っても同じような食事とメゾン。もう東京にいるのか福岡にいるのかわからなくなってきていますが、均一化に抗うためには、どのようなアーキテクチャが必要になりますか?
ぼくとマット(松井)って、やたら街でばったり会うじゃない? それも、均一化に抗ったようなバーやレストランでね。要は、一点モノの美意識で勝負している場所のほうが気持ち良くて、それは目抜き通りじゃなくて、いつも路地裏で起きている。トップダウンの開発から生まれる除菌されたような空間は人が集まりやすい場所にできるけど、除菌が行き届かない一点モノの菌がはびこっている場所への需要も同時に高まる。駅前を積層して平場の価値を上げ、容積広げて不動産としての価値を吊り上げるような都市再開発は、今の資本主義の中ではなかなか止められない。でも、渋谷で言えば円山町、百軒店、新宿で言えばゴールデン街、東東京の谷根千とか、横浜の野毛とか、面白い人が集まりやすいアーキテクチャの発酵はだれにも止められない。本当の気持ちのいいカルチャーは、ヒューマンスケールでボトムアップということをストリートは知っているし、ワインを出すにしても、メニューQRってぽんって渡されるのもあるけど、「今日はこんな気分だからオレンジナチュールを飲み比べてください」って言えるような店がはしごで飲み歩けるような街。そのあたりのミクスチャが一番面白いよね。

●均一化を止めることはできないけど、逆に均一化され切ることもないだろうと?
ないよね。音楽のシーンと同じで、必ず反動が起こるはずなので。圧倒的な国民的なポップスターがでてきて、それを愛しながらも反動で地下にクラブミュージックが菌のようにはびこって。すると、今度はクラブヴァイブスとロックやヒップホップがかけ合わさって、新しい表現が生まれてきて。常にインスピレーションは、マスとストリートとの作用と反作用で行き来するから。

●カウンターカルチャーが必然的に起きてきたわけですが、都市におけるジェントリフィケーションも同じことですよね。
そうそう。ニューヨークのマンハッタンには、五番街とウォール街という強い背骨があるけど、そのさらに下(南)へ行くと、DUMBOというブルックリンのエリアにつながる。これ、何の略か知ってます? Down Under the Manhattan Bridge Overpass. もともと川の近くの橋の下って、ドラッグディーリングで危ない場所。で、少し上流に上がるとウィリアムズバーグブリッジ。ぼくが学生の時に住んでいた頃はアーティストしかいなくて、そっから地価はもう10倍以上になったんだけど。昔は、マンハッタンに住めない若い作家たちが恐る恐る移住しながら、このストリートを通れば撃たれないぞって避難地図をつくりながらクリエイティブシンジケートをつくっていた。今はそこが一番ヒップで高級な場所になっているのが皮肉なのだけど、まあ、そういう繰り返しですよね。

都市の魅力は、はっきり言って「文化密度」につきると思っています。

●アーキテクチャはどうあれ、菌は移動し続けるだろうと。
カルチャーを除菌しきることは、絶対できないということです。創造性という名の発酵菌を愛するひとびとが、繁殖する場所を探して日夜移動しては、新しい感性を爆ぜる。するとそこがかっこよくなって、その文化価値をデューデリしてデベ(デベロッパー)が入るからジェントリフィケーションがはじまって、それで小銭を手にする人もいるし、つまらなくなって出て行く発酵菌もいる。案外トップダウン系の大手企業重役が夜な夜なボトムアップのお店に通い詰めて、頭下げながら情報収集をしたりしている。次になにがくるかって。

●ブルックリン・ブルワリーをK5の地下に入れたくて、彼らを説得しに何度かニューヨークへ行ったことがあって。その時はもうジェントリフケーションも起き切っていましたけど、「どうして渋谷じゃなくて日本橋兜町にお店を出す必要があるんだ?」と言われて。彼らって、ブルックリンでジェントリフィケーションが起こる前から彼らの叔父がお店をやっていたんです。叔父さんがその土地でビールの醸造をはじめてタップルームを構えると、徐々に人が集まってきて、幸いなことに近くにボーリング場もあったので、より多くの人がブルックリンに流れ込むようになった。ビールが飲めてボーリングもできるとなると、今度は何か食べたいとレストランができはじめる。そんな典型的なジェントリフケーションが起きたわけですけど。
最終的にどうやって兜町に?

●「都市を発酵させるという意味では、25年前に彼らのファミリーが起こしたストーリーを兜町の街を変えるという文脈でも同じように描けるのでは?」と伝えたんです。そうしたら、「地下は嫌だし、行ったこともない場所だけど、やろう!」と言ってくれて。
ぼくが、昔、映像の専門学校生としてブルックリンに住んでたとき。ちょうどブルックリン・ブルワリーが勢いづいた頃。ファッションのコードでいうと、マンハッタンはスリーピーススーツ、ブルックリンはツナギなんです。何が言いたいかというと、彼らは絶対にブルックリンの人間の方がオールド・ニューヨーカーとしてのハートが強いと思ってやっていたし、それを誇りにしていたんですねと。でも、リバーサイドに新しいプライドと文化を再創造していくというのはちょっと似てるよね。日本橋兜町って場所が最高だよね。江戸時代まで戻れば、日本橋は五街道がぶつかる文化交流のど真ん中だったわけだし。そういう遺伝子をグローバルに刺激してるのが見事だよね。

●市耒さんは、クリエイティブディレクター(以下、CD)として都市をどう眺めますか?
都市の魅力は、はっきり言って「文化密度」につきると思っています。情報的密度、表現的密度、食的密度、経済的密度、地理的密度……。突然、気になってた人に会える。見たい本やレコードに遭遇する。文化的な恋が起きる。ぜんぶ密度があるからじゃない。この狭い東京圏には、日本における人口の約30%もの人がひしめき合っている。渋谷駅の1日の利用人数って知ってます? 1日で200万人を超えるんだよね。そこに定点カメラを置くだけで、興奮するじゃない。しかも、目に見えるものだけじゃなくて、彼らの上空では「会いたい」とか「会いたくない」とか「いいね」とか「お気に入り」とか「2度とくんな」とか、感情のメタ情報とタグ情報が何ギガ、テラから、ペタ、エクサまで同時に飛び交っているような状態。それが都市の密度。そういうと一瞬不快に思う人もいるかもしれないけど、学術的に言うと、その密度が、「イノベーションと感動のコスト」を下げてくれてるんです。例えば、マットが那覇に住んでいて、ぼくが葉山に住んでいたら、こういうふうにあんま会って肌感あるリアルブレストはできないわけで。飲食、バー、建築、アート、映画、イベント、いろんな創造性が溶け込んで、感動やイノベーションを生んでくれるわけじゃないですか。密度があるから、コラボが生まれ、市場が生まれ、受け手がつくり手にまわり、自ずとそのコストが下がる。兜町にもそういった密度が戻ってくることを期待してます。

微生物は、人の持っている魅力や感動。×クリエイティビティです。

●都市の密度の最小単位は人になりますか?
うん、やっぱり人ですよね。でも、1人のふるまいというよりも、どれだけ「交差と発散」が生まれやすいパターンが仕込めるか。その1つは、メディア的な考え方になるけど、エネルギーの交換から祝祭性へと変わって、ワクワクする企画が生まれて、人が集う。情報と感動を増幅するメディアとしての側面。もう1つは、生き物としての考え方。街角って生き物そのものじゃないですか。初期設定があればそっから育っていって、人のエコ、エゴ、エロの営みの上に育っていく可変的なもの。完成して放っておけば、劣化も、熟成もするわけで、ちゃんと発酵させて育ててあげないといけない。

●景色もそうですけど、日常の風景は人の入れ替わりで変わったりもするのですが、そういった実際目に見える動きというよりも、もっと温度感というか。例えば壁のアートやかかっている音楽。そういった要素の方がまとう雰囲気をつくりますよね。
逆に生き物っぽくない街って面白くないですよ。獣っぽい温度がないとつまらない。例えば、隣が銀行だらけで楽しめる人っていないでしょ。新宿にしても渋谷にしても、多様な体温を複層的に持たせることで街が面白くなっていく。トップダウンのシステマタイズされた大きな施設というのは温度が均一だけれども、そういうものがあれば必ずその近くに、独自の温度感をもつ裏路地が醸成される。今東東京の方はどんどん面白くなってきて、このままK5のある日本橋から丸の内、神田、湯島、谷中、根津、合羽橋、浅草まで面でつながってくれば、バーやカフェをハシゴで楽しめるようなウォークディスタンスの文化圏ができてくる。外国人の方もこっちの江戸の匂いが、大好きですよね。

●東東京ってフラットで坂がないし、自転車でも簡単に移動できるから、移動という視点で都市の変化を体感できるのは面白いですよね。ぼくは実家が品川で、大学も渋谷。西東京が世界の中心だったので。そうやって東東京の魅力を実感できたことが案外新鮮で。では、いよいよ都市の発酵について聞きたいのですが。都市の文化論と発酵をメタファーとしてどう考えていますか。
まず発酵を定義すると、微生物で有機物を分解して美味くすること。それが美味くならなかったら、発酵ではなくて腐敗になってしまう。それを街に例えるとするならば、微生物は、人の持っている魅力や感動。×クリエイティビティです。こんな音楽を流したい、こんな壁画はどうだろう。立ち飲みカウンターとプロジェクションマッピングにして攪拌と発酵を混ぜてはどうだろう。有機物というのは、企業や街角そのもの。経済もそうでしょう。ぼくらは、それを奪うのではなく、分解する気持ちで未来への仲間づくりをしていくように仕事することが大事だと思います。

●アートや家具、かかっている音楽といった場の初期設定が上手くいったあとに必要になるのは何でしょうか?
温度管理と湿度管理ですね。コミュニティや街にとってプクプクと音を立てて発酵しやすい環境づくりが必要になってくる。良い街というのは、そういうことをだれかがやっています。

●ぼくたちは温度管理や湿度管理をされるのがあまり好きではないのですが、同時に、自分たちが気持ちよく動ける温度は知っていて。
そうですよね。それは私も感じています。この場所は既にマットイズム(松井流)の美意識とセンスがあちらこちらに漂っている。

●漂っていますか?
もちろん。少し真面目な話になるけど、Wikiやスマホや生成AIがある時代に、感性豊かな子どもたちを部屋に閉じ込めて、歴史の年号や地理名を反復記憶させるような教育って、本当に意味がないよね。じゃ、なんでそういったことをやってきたかというと、ただ問題を解けるイエスマンを戦後の政府や企業が欲しかっただけというか。高度成長に向かうための一直線な政府、大きな企業をつくるための時代の空気みたいのがあって、問題を疑わずに行儀よく解いてくれるだけの人を増産してきた。でも、今この時代に求められているのって、問題を解ける人じゃなくて、問題を提起できる人に決まってる。そもそも演算はコンピューターに任せて、模範解答はAIに任せればいい。問題用紙の範疇を超えたプロジェクトを仕掛けられる才能は、トップダウンの組織や教育からは生まれづらいんです。

都市の本懐は、「密度を持った文化の発酵蔵」へ。

●社会の美意識を提起していくのは、きっとボトムアップで育ったような人たちなのでしょうね。
ボトムアップの文化から若い才能たちがどんどん出てきて、創造性の「アコースティックな生音」をがんがん鳴らすことが、社会の進化には絶対大事。ぼくはそれを真剣に応援したい。でも、それにアンプを通してより多くの人々へ届けることができるのは、トップダウンの組織が得意。住み分けだよね。

●アコースティックな音色は身近な人々に純度高く届きますけど、遠くへ届けることができないのも事実。場所をつくるにしても、きっと設定のバランスはありますよね。
あまり全体を設計しようとせずに、初期設定としてのアーキテクチャと温度設定、湿度設定ぐらいにしておかないと。どうせ人々の営みの上に成り立つものだから最後までは計算できっこない。生き物なんだって認識することが重要。

●街を魅力的な状態にするキーファクターがあるとすれば?
マットもよく実感してると思うけど、世界中を旅すると、あらためて東京ってカッコいい!って思うじゃない? なんでのこの良さに気づかずに、なんでここをこういうふうに醸さないふうにしちゃうんだ、みたいな。都市の本懐は、「密度を持った文化発酵蔵」。デジタルかアナログかは実はあんま関係なくて、情報と感動の密度をどう設計して、育てていくか。例えば、東京24区をデジタル空間のなかにつくってしまおうよ、みたいなこともありうりますよね。デジタル文化を発酵させるために行政やファンドがクリエイターと一枚岩になって文化保存と未来設計に隙間をつくらないように、たとえばアンティーク家具の廃品回収と巨大倉庫とメルカリが合体する的な。そうなればデジアナの垣根が消えて大都市の生活がもっと醸したものになっていく。

●机上の空論でも、こうやって理想を想像することで事が動き出すわけですし、それは都市という密度を持つ環境だからこそ起きうるということですね。
みんなで初期設定に乗っかりながらマッシュアップして面白いものを受容し、広がっていくのが都市の形。変化を生むためのエネルギーを密度が生み、文化が発酵していく。まさに文化発酵蔵に、創造性の発泡性。あとは、オセロの四隅を奪うように最小手で動きながらも、最後までそれをやってしまってはつまらなくなる。あくまでもグランドデザインにとどまり、あとは放っておくことが都市開発のミソじゃないですか。

いろんなバックグラウンドを持つ才能が1つのテーブルで話すことが重要だと考えています。

●初期設定というのがCD(クリエイティブディレクター)の役割ですからね。でも、CDって同じプロジェクトに何人もいて良いものでしょうか?
全然いいんじゃない? 昔は、CDが納品までもっていくことが仕事でしたけど、K5もそうだと思うけど、今は「納品した時がはじまり」なわけですよ。要は、企画やクラフト、アーキテクチャの段階で、そこにいるコミュニティのなかの人をプロジェクトに入れることが重要で。そうすることで、彼らも自分がつくったと広めてくれる。かつては、One Voice, One Worldだったけれど、いまはMany Voices, Many Worldsをつむぐ時代。みんなの創造性を多次元演算しながら全体のヴァイブスを盛り上げて状況をつくっていき、たまにやばいなと思ったら酵母を投入するぐらいがちょうどいい。

●CDによってバックグラウンドは異なりますし、仕事の運び方もそれぞれでしょうね。
ぼくはCMプランナー・映像ディレクション出身なので、時間軸で設計するストーリーテリングのようにディレクションを心がけます。ビジュアル、テキスト、音楽、文脈を時間軸上に配置することで、相手をまだ見たことのないとこに連れていきたいっていつも思っています。

●2030年の兜町の未来像を描くとしたら?
まずイメージとして、兜町の歴史的な絵や写真を100枚も1000枚も並べ、その隣に文化遺伝子を抽出する言葉を書いていく。そのなかの一番強い組み合わせを探して、奇想天外な未来のビジュアルをドローイングするでしょうね。建築家上がりのCDの方なら、人の動線や天高、空間の光の動きや材の選び方から入るでしょう。ファッションデザイナーであれば、ドレープやモード記号で構成するかもしれない。シェフだったら味蕾(みらい)細胞とこの街に由来する食材の新しい衝突を考えるでしょう。ぼくは、クリエイティブディレクターという職業をもっと広く開放して、いろんなバックグラウンドを持つ才能が1つのテーブルで話すことが重要だと考えています。

●若い菌を育てていくためにもCDのような存在は必要ですよね。若い時って、憧れを持てるような人に意外と出会えないし、自身の将来に与える影響も大きいじゃないですか。
ぼくの企画会議では、出した案はみんなのもの。年功序列も忖度もなしで全員CD気分でやってもらってます。もっともっと若い人たちに活躍してもらいたいし、天井もありません。若い人もよく考えてきてくれますが、一方で思うのは、彼らには型がないということ。

●若いうちに型に触れた方がいいですか?
型があった方がのちのち楽だと思います。マットだったら、ずっとコミュニティやメディアをやってきて、それを経た先に建築が見えてきたから、新しい文化プラットフォームとしてK5を成功させてるよね。ぼくはずっとCMプランナー・映像ディレクターとして企業のキャンペーンを四半世紀にわたってやらせてもらって、そっからアーキテクチャに関心が移ったけど、結局、未来の絵コンテを描くように、いつも「映像的な見方」でプロジェクトを設計してはディレクションしてる。写真なら写真、建築なら建築。何か強い型をつくって徹底的に深掘りしてみて、考え方が近いから、あるいは遠いからむしろという気持ちで、違う方向にホップするのを楽しんでます。

●型を深掘りした分だけ、考え方をシフトできるということですね。
今の若い人たちが少しだけ環境が違うかなって思うのは、今ってなかなか「型の産業」がないじゃないですか。「一晩で絵コンテを100本描け」なんて言ったらパワハラになってしまう。フツーだったんだよね、それが何十年も。Macで動画編集ソフトに触れてプログラミングもできます、Open AIで作曲も、作画も一瞬でぽいのがつくれちゃうというときに、今までにない新しい感動を、どのように生み出すか。これからAIのクリエイティブディレクターにならなきゃいけないときに、クラフトとアイディアの地平線の先を教える側に立てなければ、あなた、ディレクター失格ってAIから言われちゃう時代が、もう来てるわけで。そんななか、若い子たちがジェネラリストとしてスタートしがちなのは、どうなるのかなと。AIは究極のジェネラリストだから。

都市って、いろんな世代の映像、音楽、建築、食、テックの才能たちが重層してるってこと自体、まさにクリエイティブの学校そのものだよね。

●器用貧乏でそつなく熟しがちな若者ですが、もっと鍛錬を積む時期があってもいいのかもしれません。自由が効くようになった反面、技を磨くような機会が減っているのも事実ですね。自分自身、ちゃんと技を磨けてこれたかなと考えることも正直ありますけど。
マットは大丈夫でしょう! 初めて会ったときはこんなに小さかったけど。

●市耒さん、いつもそう言ってくれるんですけど、初めて会ったのは22歳の時ですから(笑)。正直、もうそこまで若さで通せるわけではないので、真価が問われている時期ではあるのですが、昨日も先輩と食事していてそんな話になって。
そうだっけ?(笑)でも、批判みたいなものをちゃんと突き刺してくれる人がいるのは最高ですよ。ぼくも、そう言ってくれる人がいるから次に進むことができる。これは、ぼくの恩師の言葉なのですが、「20代の顔は遺伝がつくり、30代の顔は仕事がつくり、40代の顔は自分がつくる」。最後は自分の背中を見せにいくということなのでしょうけど、そういうことも含めて、都市って、いろんな世代の映像、音楽、建築、食、テックの才能たちが重層してるってこと自体、まさにクリエイティブの学校そのものだよね。

●兜町もそういうプラットフォームとして多様な文化を発信していかなくてはいけないので。
兜町でも、東京のクリエイターでしかできないことをなにか一緒にやりましょうよ。未来の屋台村でもいいですし。日本橋は江戸の中心地だったわけだし、江戸時代の橋の浮世絵を見てもすごく盛り上がっているわけでしょ? 酒屋がいて、商人がいて、画家がいて、寿司屋があって。日本中の憧れの聖地、もうパーティブリッジですよ。今は高速の暗い影の下をいそいそと通過するだけの橋になっちゃった。おれらの世代で、かつてのきらめきを取り戻したいじゃないですか。

●それこそ、クリエイティブに人を感動させるようなことで叶えられれば。
まさにそうだよね。飲食業、銀行業、不動産業、広告業とかそういう縦割りな話ではなくて、今だったらシェフをやりながらファッションブランドを立ち上げることもできるし、DJ修行をしながら自分のナチュールワインバーを経営してもいい。そういうなんでもありな生き方が、今。最高だよね。
これからの時代は、すべての産業がクリエイティブ産業になるんだよ。そういう気づきをみんながもってくれれば、都市の感動のノビシロを一気に広げられるし、その時代の先駆けとして、今兜町が花開いているのは、1つの証明なんだろうね。AIやロボティクスがどんだけ進化しても、ぼくらは「最適化を超えたなにか」をいつも探しているっていう。

市耒健太郎

市耒健太郎

Kentaro Ichiki

東京とカリフォルニアを拠点にするフィルムディレクター・クリエイティブディレクター。UNIVERSITY of CREATIVITYを2020年開校、同主宰。一橋大卒、カリフォルニア大学サンタクルーズ校芸術学部(UCSC Art)留学後、東京藝術大学大学院にて美術修士修了(先端芸術表現)。株式会社博報堂入社、テレビCMプランナーを経て、クリエイティブディレクター就任。2021年、独立。『WHERE ART and SCIENCE FALL IN LOVE|恋する芸術と科学』編集長、発酵醸造未来フォーラム代表。世界経済フォーラム(ダボス会議)よりヤンググローバルリーダーに選出。

Text : Jun Kuramoto

Translation : Honami Iizuka

Photo : Naoto Date

Interview : Akihiro Matsui