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土本清幸
土本清幸

2021.10.31

土本清幸

平和不動産 代表取締役社長

兜町とともに生きた40年、
すべての道が繋がった街づくり

1947年から証券の街を支えてきた平和不動産は、東京証券取引所の立会場が閉場してからは兜町・茅場町の再開発に取り組んできた。東京証券取引所で35年、平和不動産で5年の月日を過ごし、変化する兜町とともに生きてきた土本清幸社長。金融の分野でエッジを立てていくこと、遊び心を満たしてくれることの2本柱を掲げ、自身のバックグラウンドと知識を総動員しながら兜町の街づくりを進める。

●これまでの兜町の動きをどのように見ていらっしゃいますか?
この街で40年間仕事をしてきましたが、この数年の動きは素晴らしいなと思っています。1999年の閉場までは、兜町の賑わいイコール東京証券取引所の賑わいでした。私も新入社員の頃から立会場に入り、2000人を超える人たちが毎日集まってくるの見てきました。しかも、それが気風の良い兄ちゃんばかりで(笑)。その人たちが昼食を取るための店が沢山あって、蕎麦屋の入り口で注文をすると30秒後には料理が出てくる。そんなせっかちな街だったんですね。そんな雰囲気を肌で感じてきたので、立会場がなくなった時は寂しいものがありました。賑わいがなくなった街を平和不動産としてどうするのか、再活性化するには何をしたらいいのか、この10年考えてきましたが、皆さんの力添えによって、ここ1、2年は大きな転換期を迎えていると思っています。

●変わりゆく兜町で、なくなってしまったけど復活させるとしたらおもしろいんじゃないかという場所はありますか?
和食が好きなので、おいしい鰻屋と寿司屋は復活してほしいですね。あとはこの街に何が欲しいかと問われたら、お花屋さんです。おいしいクロワッサンとコーヒーがさっと楽しめる場所もあるといいですね。パン屋さんのような、軽く朝食が取れる店がほしいなと。

●まさに次に作ろうとしているのが花屋とパン屋で、K5で花屋のポップアップをやるとかなり盛り上がるんです。
花やグリーンは街の大事な要素ですよね。そして、その質を上げていくこと、クオリティ・オブ・グリーンがとても大事だと思います。そもそも兜町はクオンティティ・オブ・グリーンが欠けていたので、まず植栽を増やす活動をしていました。でも、これからはクオリティ・オブ・グリーンの観点がないといけない。先日、坂本町公園(※1)がリニューアルされたんですが、いわゆる都市公園発祥の地で、渋沢栄一が計画に関わったようなんです。その時にも、グリーンの質にすごくこだわっていたらしいんですね。

※1 坂本町公園
兜町にある、1889年に日本で初めて作られた市街地小公園。

●クオリティ・オブ・グリーンは街づくりに欠かせない視点ですね。
実は、公園のリニューアルを担当した環境デザインの先生に兜町を見てもらったら、グリーンについてダメ出しをされてしまいました。プロから見ると、まだまだグリーンの質が高くないと。それは、私たちの植栽の知識が足りてないことに起因しているのではないかと思います。
再開発は初めてで経験不足な部分も多いですが、スタッフがそれぞれのレベルを上げていくことで、関わってくださっている人たちも緊張感を持ってクオリティを上げていくことができる。たまたまグリーンの話でしたけど、他の分野でもまだまだそういったことがあるのではないかと思いました。魂は細部に宿るという言葉がありますが、そういう細部までしっかりこだわっていきたいですよね。余裕がある街づくりがひとつの起点であり、輝点となる。

●非常に共感します。細部に気を配ってクオリティを上げていくと、どこかで経済合理性にぶつかるのではないかと思うのですが、そのバランスはどのように考えていらっしゃいますか。
街づくりでいうと、そういった細部にこだわることによって、経済合理性の面で一時的な問題は出てきます。でも、やせ我慢でも少し頑張って継続することで、長期的には街全体のバリューが上がっていきます。経済合理性は最後に戻ってくるものと考えたらいいのではないかと思っています。

金融の分野でエッジを立てていくこと、遊び心を満たしてくれること。
街づくりで掲げている2本柱に、これまでの経験が活きています。

●短期的な視点で物事を捉えすぎないということですね。
特に兜町は一回沈んでしまった街なので、細部にこだわって他の街との差別化をしっかり意識していきたい。実は、私がこんな風に植栽まで興味を持ってしまうのは、大学の時に計量地理学という学問をやっていたからというのもあるんです。

●計量地理学とはどんな学問ですか?
都市のあり方や土地利用を計量的な側面から分析するというものです。ゼミの先生は森ビルの森稔氏の作戦参謀のひとりでもあり、土地に関することを自由に研究させてもらって、その考え方に非常に触発されました。大学の頃から街づくりに興味があったし、同級生は大手不動産に就職したりしたんですが、私はなぜか東京証券取引所に就職したんですね(笑)

●いま、大学で勉強されていたことが活きているのですね (笑)
そうですね。兜町の街づくりを2本柱で考えているのですが、ひとつは金融の分野でエッジを立てていくことで、35年間東京証券取引所にいた経験が十分に活かせています。もうひとつは遊び心を満たしてくれることで、大学時代の経験が活きていると思います。直接的ではないですが、担当者にコメントする時などに役立っているかなと思いますね。

●具体的にどんなコメントをされているんですか?
クオリティ・オブ・グリーンの点でダメとかですね(笑)。3年ほど前に、兜町にあったらいいものを書き出した紙を担当者に渡したんです。本当に個人的なテイストなんだけど……と言いながら。でも担当者は、今、あの紙のこの部分ができたと言いながら、次から次に実現していってくれています。

●実現していることが素晴らしいですね。どんな発想から書き出されたものですか?
大学1、2年の時の経験も役立っているのかもしれません。名古屋の進学校で一生懸命勉強してきたのが、東京に出て慶応大学に入って、これまで出会ったことがない人たちに驚いたんですね。余裕があって、いろんなことを楽しんでいて、遊び心があって、いつもニコニコしている。スマイルだけでなく、ラフもある。笑うということは、余裕がないとできないことなんですよね。そういうスマートな人たちと接している中でいろんなことを吸収し、遊ぶことは人生の中ですごく大事な要素だと思いました。

●特に影響を受けた友人はいらっしゃいますか?
洋楽が大好きな友人がいたんですね。ラジオニッポンで土曜の夜に「アメリカントップフォーティー」という、ビルボードの1位~40位までの曲をかけ続ける番組があって。その番組に手紙を送っては、しょっちゅう読み上げられるようなやつで。彼の影響で、70年代後半から80年代の洋楽にはどっぷりとつかりましたね。

●具体的にはどんなアーティストにはまったんですか?
イーグルスやビリー・ジョエル、ドゥービー・ブラザーズ、ジョー・サンプル、REO スピードワゴン、リッキー・リー・ジョーンズなどですね。兜町からも近い日本橋浜町にあるHAMACHO HOTELにブルーノートが手がけているセッションというレストランがあるんですが、そこは青春時代を思い出させてくれる音楽がかかっていて心地いいんです。ああいう店が兜町にも欲しいなって思うんですよね。

●いいですね!リスニングラウンジのような場所があることで、また新しい層も兜町に興味を持ってくれるかもしれません。K5の地下一階にあるBも、とても音響にこだわっています。
音楽へのこだわりは大事ですよね。Nekiの店主の西さんが、自分のテイストにこだわって自身で針を落としているのも、すごくいいなと思うんですよね。

●K5も音楽にこだわっています。お客さんがチェックインしたら、スタッフが部屋に走って音楽をかけに行くんです。
ちょっと話が変わっちゃいますが、私はワイン好きで、ワインスクールに5年くらい通っていたことがあるんですね。
ワインの知識がついて、より楽しめるようになったので、いい音楽にはワインが欲しい。そしてワイン好きが高じて、チーズ教室にも1年間行ったんです(笑)。おいしいチーズとワインと音楽を同時に満たしてくれる場所があるといいですよね。

●それは最高ですね。
日本酒学校にも通っていました。アルコール中学と言うのですが、そこを卒業したので、私はアル中卒です(笑)。1階が酒屋、2階が居酒屋、3階が日本酒学校、4階が料理教室という場所で、座学、利き酒から始まるんですね。その後に料理教室で作られた料理をツマミに日本酒を楽しみ、二次会は2階の居酒屋に流れるんです。

●完璧な流れですね(笑)。
次の街づくりの一手として平和酒造さん(※2)が兜町に直営店を出して頂くことになりましたので、とても楽しみにしています。和歌山っていったら、お酒が好きな人なら、すぐに日本酒「紀土」を思い浮かべるくらいですから。

※2 平和酒造
1928年、和歌山県海南市で創業。代表銘柄は日本酒「紀土」、「鶴梅」の梅酒シリーズなど。
International wine challenge(IWC)2020「SAKE部門」「サケ・ブルワリー・オブ・ザ・イヤー」2年連続受賞。

●そうしたお店がこれからもできてくるといいですよね。緊急事態宣言前でしたが、夜、この街を周った時にミックス感が出てきたなと思いました。金融系で働いている女性のグループ、平和不動産の方々、僕の友人のアーティストたちがBで一緒に飲んでいて、いろんな人たちが混ざって楽しめる場所になっているのがいいな、と。
それはもう新しい化学反応ですよね。

ナンバーワン主義みたいなものが私の根っこにあります。
だからこそ、細部にこだわるというところに結びつくのかもしれない。

●いろんな人をどれだけ寛容に受け入れられるかということが、クリエイティブな街に繋がる。リチャード・フロリダの『クリエイティブ都市論』でも、いいコミュニティを作るためには寛容性が大事だと書かれていましたが、若い才能やおもしろい人たちもそんな寛容性に惹かれていくんですよね。
なるほど、先ほどの言葉でいうと、余裕のある街ですね。

●そんな余裕がある街に兜町はなっていけるんじゃないかと思いました。そのためには、先ほどおっしゃっていた、単なる量ではなく質を上げていくことが大切になってくるのだと思います。
質には、サービスの質もあると思っています。私は八百屋の息子なんですが、店の2階が自宅という環境で、親がどうやってお金を稼いでいるのか、どうお客さんと接しているのかを見て育ちました。店を閉めても、近所のおばさんがキャベツを買い忘れたって言うと、どうぞって開けるんですね。そんな姿を見てきたので、単にこの時間でこれだけ稼ぎましたというのではなく、お客さんに寄り添うサービスって大事だと思っているんです。水のようにお客さんに合わせて、その結果として利益が出るのが商売だと思うんです。

●僕が小さい時は、気風がいいというか、かっこいい大人像というものがあったんですが、いまの若い子たちは、そういうかっこいい大人像も持っていない。日本全体としてそんなムードだからこそ、遊び心のある人が楽しめる街づくりは大切だと思います。
本当にそうですね。もうひとつ、質を上げていくためにはナンバーワン主義も大事だと思っているんです。子ども時代にそろばん塾に通っていたんですが、すごくスパルタなところで。競技会に出場させられるんですが、1位と2位の扱いが全然違うんです。そこから受けた影響は大きくて、ナンバーワン主義みたいなものが私の根っこにあります。だからこそ、細部にこだわるというところに結びつくのかもしれない。

まずは街そのものの特性を活かしながら進化させる。その次のステージとして、他の街と繋がっていくことを考えていきたいですね。

●細部へのこだわりは、そういった競争心があればこそできることなのかもしれませんね。
KABUTO ONEも、15階のビル自体は丸の内だったら埋もれてしまう高さです。でもアトリウムのThe HEART(※3)だけは東京一の空間にしたいと思っていました。コストをかけてトップクリエイターに携わってもらって、誇れる空間になりました。細部までこだわって、もうちょっとブラッシュアップできる? と注文し続けたので、担当者は困り果てていましたが(笑)。

※3  The HEART
KABUTO ONEの1階アトリウムに設置した世界最大規模のキューブ型大型LEDディスプレイで、金融マーケットの動向やデジタルアートのコンテンツをダイナミックに表示。アブストラクトエンジンがプロデュース。

●僕も見せてもらったんですが、というより体験したという感じだったんですが、あのアトリウムはこの街でないと成立しないですよね。
ここだからこそ、意味があるのです。

●アブストラクトエンジンの齋藤さんとも先日対談させていただいたんですが、最初の企画から何割を形にできましたかって聞いてみたんですね。これだけの規模でいろんな人が関わると、普通は削らないといけないものも出てくる。でも間髪入れずに、10割形にできたと答えられたんですね。
おお、それはうれしいですね!

●高いビルを建てていろんな機能を詰め込むのではなく、分散させた物と物の間を人が行き交い、どう有機的に発展していくかが、兜町の重要なファクターだともおっしゃっていました。
そうですね。我々は高いビルを沢山作ることはできないので、逆にこの部分だけはナンバーワンになるという姿勢でやっていかないといけないと思っています。あとはこの街だけに閉じずに、他の街との連携も意識していきたいと思っています。KABUTO ONEの竣工式でも、他の地域との連携をどう思われますか? と、記者の方に問われたんですが、まずは街のバリューを上げて、兜町と何か一緒にできるといいよねと、他の街に思ってもらえる実績を作っていかないといけない。まずは街そのものの特性を活かしながら進化させる。その次のステージとして、他の街と繋がっていくことを考えていきたいですね。

●街を開いていくことは、まさに次のステージですよね。K5や店のスタッフたちも、どう外部とコラボしていくかに興味を持っています。
平和不動産としては、同業他社さんからも一緒に組んで何かやってみるとおもしろそうだねって思わせたいですね。
兜町を見る目が変わってきたので、ここから一気に加速していけると思っています。

土本清幸

土本清幸

Kiyoyuki Tsuchimoto

1959年、愛知県生まれ。82年、慶応義塾大学を卒業後、東京証券取引所に入所。35年間東京証券取引所に勤め、2017年に平和不動産の専務執行役員に。19年、平和不動産の代表取締役社長に就任。

Text : Momoko Suzuki

Photo : Naoto Date

Interview : Akihiro Matsui


土本清幸

平和不動産 代表取締役社長

塩井辰男さん

株式会社プレナス社長

兜町の気になる人

塩井辰男さん 株式会社プレナス社長
「Hotto Motto」や「やよい軒」を展開する株式会社プレナスが気になっています。もともと「やよい軒」とは、現社長の曽祖父である創業者が茅場町で営んでいた西洋料理店「彌生軒」でした。いまも茅場町に東京本社を構えているのですが、屋上では米作りをしているそうです。米に強いこだわりがあり、米にまつわるさまざまな生活文化や歴史を研究する、米食文化研究所も設立されています。そんなプレナス社長の塩井辰男さんに、一度話を聞いてみたいですね。