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齋藤精一
齋藤精一

2021.11.10

齋藤精一

パノラマティクス(旧:ライゾマティクス・アーキテクチャー)主宰

HEART of the living dead
半分人間、半分ゾンビ

建築的視点とクリエイティブな発想で都市を眺め続ける齋藤精一さんは、その街へと通い、徐々に解像度を上げていくなかで問題を提起し、社会に張り巡らされた見えない糸を手繰る。自身をゾンビに噛まれた人間と形容しながらも、あるべき場所へと収めゆくジグソーパズルのピースはやがて未来を描き出す。この夏、兜町にオープンしたばかりの複合施設「KABUTO ONE」という日本経済の震源地から、ドクドクと鼓動を響かせ始めた新たなシンボル「The HEART」を取り巻く都市と人々、そして日本の未来像について聞いた。

●もともと兜町という街に馴染みはありましたか?
全くなかったんです。もちろん名前は知っていましたが、株取引がデジタル化される前のことはあまり知らなかったですし、ほとんど関係性はありませんでした。華やかさみたいなものは聞いてはいましたが、実際はそれよりも飲み屋のイメージというほうが強かったです。

●初めて兜町と関わったのはどのタイミングでしたか?
The HEARTのプロジェクトに関わり始めてから3年ほど経つのですが、確かライブペイントチームのDOPPEL(※1)に日本橋のビルでミューラルをやると連絡をもらったのが最初で、平和不動産さんは面白いことをやるなという印象でした。Moment Factory(※2)が日本に来たときに、日本テレビの番組インタビューで共同創始者のドミニク・オーデットに会いに行ったのですが、そのときのオフィスも確か兜町だったと思います。。

※1 DOPPEL
「個人でもない、社会でもない“二人”という単位において表現を追求する」をコンセプトに掲げる、BAKI BAKIとMONによるライブペインティングデュオ。

※2 Moment Factory
Foresta Lumina等のアートインスタレーションを手がけるモントリオールのデジタルアート集団。

●兜町の印象を教えてください。
ミーティングで通うなかで徐々に兜町の解像度が高くなってくると、街の様子や印象が変わってきました。平和不動産さんやメディアサーフさんがK5を始めとした兜町の街づくりをされているのが見えてくると、今ある状況を少しずつヒューマンスケールで変えていく試みが、都市開発のお手本になっているのではないかと思いながら見ていました。

●生活者の視点で街に必要な機能を炙り出したのがビールやナチュラルワインだったのですが、マクロではなく、ミクロな視点としての都市開発がこのKontextというメディアのテーマでもあります。
すごく大事な視点ですよね。一方で建物をリノベーションしているところもすごく重要なポイントだと思って見ていました。
建物はそこにあったものがなくなった瞬間にその生態系ごと歴史が忘れさられてしまうので、ある意味で伝説になってしまったらダメなんです。「昔ここにあったらしい……」で終わってしまうのは、大規模な経済論理の末の都市のあり方でしかない。それだけの影響力があるからこそ、柱一本残すだけでも全然違うし、これからはそういった視点が都市に求められると思っています。

誰もいない仮想空間のような街にレッテルを貼るのではなくて、美味しいお店があるとか、仲の良い人たちがやっているとかでもう十分で、そこに何となく同じような属性の人たちが惹きつけられるぐらいの方が自然じゃないですか。

●マクロな視点での都市開発では、ある程度ターゲットを絞って形容するやり方があると思います。例えば中目黒が若者の街として街づくりをしたように。そうやって兜町にファイナンスの街とレッテルを貼ることが、かえって街の良い側面を覆い隠してしまうこともありませんか?
トランプの同じ柄を集めるような都市開発って理論的には正解だと思っていたのですが、名前だけで中身は成功していないですよね。どの街を見ても、属性のそろった街には人がいない。やっぱり人がいる街の方が良いじゃないですか。そういう意味では、街に目的はいらないというか。

●オーガニックな発展を遂げる街の方が結果面白くなるということでしょうか?
誰もいない仮想空間のような街にレッテルを貼るのではなくて、美味しいお店があるとか、仲の良い人たちがやっているとかでもう十分で、そこに何となく同じような属性の人たちが惹きつけられるぐらいの方が自然じゃないですか。イノベーションを起こすとか、文化をつくるみたいなビジョンがKPI(重要業績評価指標)のために掲げられること自体がもうおかしいというか。

●KABUTO ONEに携わり、兜町という街をミクロな視点で眺め始めたということですが、この街の属性も鑑みて、これからどんな要素が必要になると思いますか?
“カオス”じゃないですか? 目的はバラバラでも好きにやるというのが肝になるのではないでしょうか。中華を食べに行く人がいたり、ブリュワリーにビールを飲みに行く人がいたり。日本初だとか、電気メーカーにフラッグシップを出してもらうだとかの大人の事情は置いておいて、あまり体系立てずにそれぞれが好き勝手にやる。どの道、人の行動は大きなうねりになるじゃないですか。一時期のニューヨークのウィリアムズバーグのように。逆に、同じものを集めないことの方がポイントなのでは? Let it go、好きにやれと。

●ジェントリフィケーションとの闘いが都市の宿命だと思いますが、兜町と近しい街づくりの成功事例として面白い街はありましたか?
常に事例のないことをやりたいというのがあるのですが、強いて言うのであれば、やはり初期のウィリアムズバーグでしょうか。結果、ジェントリフィケートされてしまいましたが、それもまた新陳代謝なのでわるいことではなくて。近しい部族の人がいない方が面白いんですよ。家具をつくっている人とアートをやっている人が混在するような。家具をつくっていた職人のおじさんたちが、徐々に「デザインって何だ?」とか、「これがアートだ」とか言い始めて。全然違う志の人たちが混ざることで周囲に新しい価値観が芽生えることを考えると、いま面白いのは地方のような気がします。

●東京が置かれている現在の状況をどう見ていますか?
負のカオスがいまの東京だと思っています。東京ビエンナーレ(※3)をやったときに、出品過多でなかなか作品が選出できなくて。それって一見良いことのような気がしますが、逆に言うとわるいことでもあるんです。みんなハイライトされたくて看板をどんどん拡大化していった結果、誰もハイライトされないみたいな。それを飽和化と言うのかもしれません。兜町は良い意味で元気がないとか、お店が揃っていないとか、ネガティブなイメージを持っている方もいると思うのですが、だからこそ“個”中心の街づくりができるチャンスなのだと思います。。

※3 東京ビエンナーレ
東京の街を舞台に2年に一度開催される国際芸術祭。

経済が実感できる要素をつくらなければと思い、経済の震源地である兜町に日本経済の心臓として具現化させようと思ったんです。

●The HEARTについて教えてください。
The HEARTは、最初のプレゼンテーションで出したアイデアでした。これからの二つの柱は“文化”と“経済”だと思っているのですが、日本って文化をあまり前面に出してこなかった。エコとかエシカルみたいな意識的な部分を経済に数値化するのは難しいと思いつつも、そもそも経済というもの自体が見えなくなってきていることに危機感を抱いていたんです。そうであれば、経済が実感できる要素をつくらなければと思い、それを経済の震源地である兜町に日本経済の心臓として具現化させようと思ったんです。

●関係者も多いと思いますが、実際に完成してみていかがですか?
紆余曲折はあったものの、一番最初に見えていた北極星にたどり着けたという点では、直感に従って形になった一番良いパターンのプロジェクトだったと思います。そこは、平和不動産さんの懐だと思いますが。

●経済と文化を見据えて、今後の齋藤さんが考える方向性について教えてください。
デベロッパーさんと仕事をすることが多いのですが、日本にはちゃんとしたシンクタンクが存在していないので、次はアクションのところまで起こせるような、シンク&アクトタンクというのを考えています。

●シンク&アクトタンクというと?
コロナで明らかになった部分だと思うのですが、もうこれまでの方程式が通用しなくなっている。路面店300坪の事業計画って必要だっけ? みたいな。そうなると向かうべき場所を提示する必要があるし、そろそろ新しい価値観を受け入れる段階にきていると思っています。
シンクタンクなんて大それたチームをつくる気はありませんが、アウトカムを提示していくために僕自身もリサーチャーをつけて、SDGsの評価指針だったり、都市計画とメンタルヘルスについて調べたりしているんです。本来、そういうことをやらなければいけないし、3Dの地図だったりを国と一緒につくるなかで、最初に感覚値も含めて信頼されることが大事だと思うんです。最近は年齢的にも周囲に信頼されるような歳になってきましたが(笑)。

●やっぱり年齢で変わりますか?
30歳ぐらいのときって、どんなアイデアを出しても1000本ノックの内の一案にしかならないんだけど、40歳超えると見える景色ってパッと変わるんですよ。社会的な糸が見えるというか。意図ではなくて、糸ですよ。どう攻めるかが見えてくるんです。こっちが揺れると、あっちが揺れるみたいな関係値がわかってくる。この順序でボタンを押すと発動するみたいな。こんなこと言うと胡散臭いかもしれないけれど、僕はただ世の中を良くしたいだけなんです。あるべき姿にしたいだけで。もし、こんなこと言っておじさんとして否定されたら、次はミルフィーユ屋さんでもやろうかな(笑)。ニューヨークで流行ったものが5年後に流行るセオリーで。

●そうなったときは、僕たちもその隣でコーヒー屋さんをやりますね(笑)。でも、経験を重ねるごとに見える風景と、年を重ねるに連れて失う部分も同時にあるのではないかと思います?若い才能がつくる文化や街に与える影響についてはどう考えますか?
みなさんのまわりもそうだと思うのですが、よく「最近、良い若手いない?」って聞かれません? 僕、“若手”って何だろうって考えていたのですが、それって年齢ではないんですよ。経験が浅くて大人の事情がわからない若者ではなくて。

●年齢ではないというと?
例えばRadiohead(※4)が出てきたときに、あれってロックなの?という議論があって。あのバンドに似ていると当てはめようとする人ではなくて、全く新しい価値としてそれを受け止めることができる人が若いというか。おそらく、ものごとを何かに当てはめようとしたときに価値観は曲がってしまうから、新しい文脈に置き換えて価値を解釈できる心を持っている人が若いんですよ。もうマーケティング理論が崩壊したと思っているので、10人に一人くらいはそんな人が必要ですよね。

※4 Radiohead
イギリス、オックスフォード出身のオルタナティブ・ロックバンド。2000年に発表した『Kid A』、翌年発表の『Amnesiac』は、ロック界に衝撃をもたらし、バンドの方向性を大きく変える契機となった問題作。20周年を迎える11月に『Kid A Mnesia』を発表予定。

ゾンビ的なものに噛まれて変わり始めているけど、変わり切らずにまだ人間との間で揺れ動きながらも精神を維持している。

●価値を定義づけない柔軟な心を持つことが大切ということですが、頭の中ではどのような世界を描いているのでしょうか?
ゾンビ的なものに噛まれて変わり始めているけど、変わり切らずにまだ人間との間で揺れ動きながらも精神を維持している。そうやって次の社会をどうつくっていくか見ているというか。現実世界とのギャップのすり合わせ作業です。

●両方の論理を理解していないとできないことですよね。文系も理系もクリエイティブなアイデアを言語化できるというか。逆もまた然りだと思うのですが。
どちらの痛みもわからないとできないことですが、ちょっとゲーム感覚で見ている部分もあるので、合わないジグソーパズルのピースを液体で固めているようなイメージで、このピースをどうはめていくかみたいなことを考えています。

●例えばどのようなことでしょうか?
あるイベントのグッズを見ているのですが、あがってきたデザインが全然イケていなくて……。同じお金をかけるのであればもっとやり方があるし、単純にもったいないなと。皮肉った視点で世の中を見ているので、何であの車のCMにあの俳優を起用したんだろう? とか思うことばかりで(笑)。大人たちがやっている忖度と既得権益の塊になることだけは避けたいので、ビジョンではなくアウトカムとしての北極星を見据えながらどう進むかを考えなければいけないのですが、要するに器用貧乏でとり逃している部分が大きい。ファーストペンギンはいつも儲からないものですよね。

●日本のクリエイティブシーンは儲からない構造になっているのではないかと思います。
もともとニューヨークで働いていたときは、いまの倍はお給料をもらっていましたが、そういう意味では日本のデザインやクリエイティブに対するスタンダードはまだまだ後進国だなと思ってしまいます。だからこそ変えていこうとしているのですが。

●本当に大切な部分というのは、正当に評価すべきですよね。
経済と文化の話でどうしても文化に比重が置けないのは、これから変わっていくところだと思います。国の仕事でも、委託で受けることによって時給換算されなくなったりするので、その辺りから変えていきましたし、「今回はご縁がなかった」というようなことも必要な場合もあります。

●勇気がいることですよね。
はっきり言うことって結構大事ですよ。ステージゲート方式という行政が持っている仕組みがあるのですが、年に一度だけ契約者同士がお互い思っていることを言い合う機会も設けています。

経済合理性ばかりを追求しているところは、いつか価値がなくなると思っています。本当の価値とは何なのかをもっと見定めていくべきで。

●都市の余白について話をお聞きしたいのですが、例えば公園の看板を見ていると、何かと禁止事項ばかりが列挙されている印象があります。
公開空地の活用でよく日本のガードマンがイケていないという話をするのですが、イタリアのサン・マルコ広場のガードマンって、迷惑をかける人がいなければ踏ん反り返ってコーヒーを飲んでいるんです。人に危害が及んで、自分の責任問題になるところまでいかない限りは基本的に容認している。それって人との距離と社会的信頼だと思うのですが、日本はガードマンを民間に委託しているから、そもそものパークマネジメントを変えるべきで、もう少しゆるい規範をつくって境界線論を考え直した方が良いとは思いますね。

●もう少し柔軟に解釈できる余地というか、曖昧な余白を残しておいた方が良いと?
公園も最近はだいぶ変わり始めたとは思っていますが、余白もそれぞれの開発のせめぎ合いになってしまうというか。渋谷にも昔は余白があったと思うのですが、最近の開発でとどめが刺されてしまったなと思っていて。横須賀のうみかぜ公園が良いと思うのは、あそこってスケートボードパークもあって、何というか、暗黙の了解があるんです。

●暗黙の了解というと?
スケートボードって、オリンピック競技になってある種リセットされた感じがありますが、それまでは社会的にはどちらかというとネガティブなスポーツだった。でも、彼らってその分強いコミュニティがあって、はっきりと意思を持っているんです。だから、コミュニケーションを図りながら、「君はこっちのプールはまだ早いよ」だとか、「教えてあげるから、ランプができるようになってからまたおいで」というようなやりとりがあったり、“テニスコートに絶対にボードを持ち込むな”といった誰かの張り紙が貼ってあったりするんです。そのマネジメントがすごく大事な気がしていて。
余白って単純に残すものではなくて、みんなで少しずつ距離を空けてつくるスペースのようなものなんですよ。それを公園に必要な機能として提案できるといいのですが、やはりそこにお金は割けないという判断が下されてしまいますよね。

●結局、文化を守らずに経済合理性ばかりが優先されてしまう世の中というのは、ちょっと考えてしまいますよね。
渋谷に関していうと、渋谷に拠点を構えている諸先輩方は、もう怒ってすらいなくて。もはや気にもしていないわけだから、渋谷が渋谷でなくなったというか、歯車が狂ったということだと思うのですが、それを元に戻そうとも思ってもいなくて。進化ととるか退化ととるかは、やっぱり進化として、いまあるものをどう活かしていくかを考えるようになりました。

●進化としてポジティブに受け止めることでしか前には進めない。
経済合理性ばかりを追求しているところは、いつか価値がなくなると思っています。本当の価値とは何なのかをもっと見定めていくべきで。だから、僕はお金のない方にばかり進んでいるわけです(笑)。

●兜町は大規模な再開発はせずに、自己増殖を続けながらも有機的な街づくりができると良いなと思っています。
潰して新しいビルを建てるよりも、築古の方が全然魅力があるし、もっと表裏一体の場所があると良いですよね。
晴ればかりが見えていても面白くないので、兜町には裏の要素、カオスの部分を残しておいてほしいです。

齋藤精一

齋藤精一

Seiichi Saito

1975年、神奈川県生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。Omnicom Group傘下のArnell Groupにてクリエイティブとして活動し、2003年の越後妻有アートトリエンナーレでのアーティスト選出を機に帰国。フリーランスのクリエイターとして活躍後、2006年に株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立、2016年よりRhizomatiks Architectureを、2020年には組織編成しPanoramatiks(パノラマティクス)と改称。現在では行政や企業などの企画や実装アドバイザーも数多く行う。この夏、日本橋兜町に竣工した複合施設「KABUTO ONE」のキューブ型LEDディスプレイ「The HEART」のコンテンツデザインを手がけた。

Text : Jun Kuramoto

Photo : Naoto Date

Interview : Akihiro Matsui