jp

en

Ola Rune
Ola Rune

2022.04.29

Ola Rune

Co Founder of Claesson Koivisto Rune

K5というオーケストラが奏でる音楽
指揮者としてユニークな曲に導く

Marten Claesson、Eero Koivisto、Ola Runeによる、スウェーデンのデザインユニットClaesson Koivisto Rune。建築やインテリアのデザイン領域で国際的に活躍してきた3人だが、その長いキャリアの中でもK5のプロジェクトは圧倒的に面白い経験だったという。インテリアや空間の細部まで高いクオリティでこだわり、さまざまな分野のスペシャリストを指揮者として束ねてきたK5というオーケストラ。そのユニークな旅路について、Ola Runeが語ってくれた。

●まず、Claesson Koivisto Runeについて教えてください。
もともと友人だった3人で作った小さなチームです。EeroとMartenとはスウェーデンのコンストファック大学で出会い、すぐに良い友達になりました。4年間一緒に勉強する中で私たちの関係性が確立していき、卒業後にデザインスタジオを起ち上げました。3人ともほかの会社で働いた経験がないので、私たち独自のやり方で仕事をしてきましたが、これ以上はないベストな環境だと思っています。

●3人は、いつから一緒にいるのですか?
1990年に出会ったので、もう32年も一緒にいます。インテリアからキャリアをスタートし、プロジェクト関連のデザインや建築まで手がけるようになりました。初めての大きなプロジェクトは、Villa Vabiという名前のストックホルムの中心部に作った住宅です。私たち3人は学生時代に、スカンジナビア・ニッポン ササカワ財団の助成によって日本を訪れインスピレーションを受けました。この住宅は、そんな私たちが学んできた日本の哲学をベースに設計したもの。その後も日本のさまざまなプロジェクトから声をかけてもらい、機会がある度に日本を訪れていますが、訪れる度にたくさんのインスピレーションをもらっています。

●日本からどんなインスピレーションを得るのですか? また、たくさんの国がある中で、なぜ日本に惹かれるのでしょうか?
これは3人ではなく、私自身の考えだけれど、人生で大切なことはニュートラルな理解だと思うのです。普通の暮らしを日々特別に感じるためには、住宅や仕事場など、心地よい環境を作ることが必要。そして、美味しいものを食べることや、音楽、アート、デザインに触れることも大切です。日本の暮らしからは、そういった気付きをもらえると感じています。日本文化は多層的なので、いまもまだ学び続けているけれど、訪れる度にこれまで知らなかった新しい疑問が湧きます。他の国を訪れてもなかなかないことで、それは感動的なことですね。

●いまも学び続けているのですね。
そうですね。学ぶべきことはたくさんあります。日本の職人のように生涯ずっと同じものに向き合ってきた人たちは、褒められると「まだ学んでいる途中なので」と、謙遜する人も多いでしょう。それは、とても美しい姿勢だと思うのです。人生とはそういうもの。学び、学び、学び、そして、死ぬ。決して満たされることはない。私はそんな考え方が好きなのです。建築やデザインを仕事にしていると、日本の工芸品、デザイン、ファッション、食べ物、すべてが刺激的で、本当にたくさんのインスピレーションを受けることができます。もう2年も行くことができていないのですね。日本が恋しいです。

爆発的ではないけれど、少しずつゆっくり成長している。それはとても素直な在り方で、生き残ることができる街の在り方です。

●いつも東京に滞在するのですか? 東京はどんなところが魅力的ですか?
京都のスフェラ・ビルを手がけた時には大阪に滞在していましたが、いつもは東京を起点にしています。東京はとても小さくて、且つ大きな都市です。大きな都市ですが、とても小さい。それがエキサイティングなのです。いつも面白いことが起こっているけれど、安全は確保されているので恐怖や危険を感じたことは一度もありません。ニューヨークで新しいことを経験しようとすると、恐怖も伴うことが多い。それはそれで興奮するけれどね(笑)。でも東京では、恐怖を感じずに同じ経験が手に入る。東京のフィーリングに誘われることも嬉しいのです。住みたいと思ったことはないけれど、すべてを与えてくれる大好きな場所ですね。そして、どんな季節も大好きです。すごく暑くて、湿度の高い夏でさえね。昔から自転車に乗っていたから、いろんな場所に行く方法も知っているしね。

●東京を楽しむには、自転車がいちばんですか?
もちろんです。タクシーは2、3人で話しながら移動するには適しているけれど、時間がかかる。東京の東側から西側へ行くには距離もある。でも自転車で行くと、実際にはそんなに遠くないことがわかります。次に日本を訪れた時も、自転車を借りてひたすら走りたいですね。東京の街の匂いを嗅ぎたい。

●「兜町の匂い」については、どのように感じましたか?
匂いというのは、とても説明しづらいですね。目に入ってきたものは、ビルや道路、高速道路など、慌ただしく奇妙な環境。でも同時に、落ち着いていて静かな空間。銀座のすぐ近くなのに、歩いてみないと街の存在すら気付かない。何度も訪れたけれど、銀座と東東京の間にこんなおもしろい場所があるなんて知りませんでした。東京の中心地にもかかわらず、あまり知られていないなんて、かっこいいですよね。

●東京で生まれ育っても、兜町を知らない人は多いと思います。
証券取引所があり、もちろんビジネス的には常に重要な街だったと思います。どの国にも、こういう街はありますよね。ニューヨークのウォール街やドイツのフランクフルトは、スーツにネクタイ、白いシャツを着た人がたくさん歩いている。そういったビジネス街はあまり面白くないというのが定説だけれど、いま東京で起きているのは、そんな街に異なるスパイスが加わって面白くなっているということ。そして街に興味を持った人たちがたくさんやってきて、また面白くなっていく。もしすでにカルチャーが育っている町にK5を作ったら、単なるホテルになっていたかもしれません。この兜町だったからこそ、ユニークなのだと思います。

●ニューヨークのブルックリン・ブルワリーが、東京に店を持つことを決めたのも、兜町だったからというのが大きな理由です。もし単なる新築ビルだったら、私たちは店を出さなかったと言われました。
ブルックリン・ブルワリーは、冒険することを決めたのですね。かっこいいですね。

●この2年で、兜町には多くの店がオープンしました。KABUTOONEという新しいビルが登場したことも聞いていますか?
私たちが兜町に滞在していた時は、まだ建設中でしたね。コロナ禍に関係なく、兜町の成長は順調だと聞いています。爆発的ではないけれど、少しずつゆっくり成長している。それはとても素直な在り方で、生き残ることができる街の在り方です。これからも兜町は成長していくでしょう。

お客さんはエントランスを入ると、すぐにホテルの一部になったような自分の居場所を得た心地になれる。誰もがすぐにコミュニティの一員になることができるのは、素晴らしいことですよね。

●最初にK5のプロジェクトを聞いた時は、どのように感じましたか?
誰が、どこで、どのような根拠に基づいて、このプロジェクトを作っているのかを知った時、これは面白いことになるだろうと確信しました。そして、私たちの子どもの年齢でもおかしくない若い3人(岡雄大、本間貴裕、松井明洋)が参加したことで、より刺激的なプロジェクトになりました。たくさんのミーティングを重ねてきましたが、とても自然な展開だったと思います。当初はそこにあるはずのものがなかったり、新しいものが入ったことで意味をなしたり、結果としてすべてが理に適ったものになりましたよね。もちろん大変な場面もあったけれど、その苦労があったからこそ、より良いものができた。これまで経験したことのない、最高のチームワークでしたね。

●メンバーはみんな英語を話せたし、外交的な人も多く、国際色に富んだユニークなチームでしたよね。
そして、ファウンダーの3人(岡雄大、本間貴裕、松井明洋)がそれぞれ違う個性を持っているからこそ、完成されたグループだったと思います。小さなホテルではあるけれど客室は大きくして、1階と地下はすべてテナントを入れるということを、勇気を持って決断したことはとても良かったですね。まるで巨大なホテルのように、20室のこの小さなホテルにレストラン、バー、コーヒーショップが揃っている。お客さんはエントランスを入ると、すぐにホテルの一部になったような自分の居場所を得た心地になれる。誰もがすぐにコミュニティの一員になることができるのは、素晴らしいことですよね。ホテルはこうでなければならないと思うのです。

●地域や社会に対して、開かれた存在にならなければならないということですよね。
そうですね。ホテルのお客さんだけではレストランは成り立たないし、特にKabiはうまくいっているからこそ、Cavemanを出すことは勇気ある決断だったと思います。まだここにいても、すでに違う場所にいるとしても、このプロジェクトに関わった人たちはみんな何かを学んだと思います。そして、それは素晴らしい旅だったはずです。私たちにとっても、K5は、これまで作ったホテルの中で圧倒的に面白い経験でした。いまは、そんな私たちの子どもであるK5をみなさんに預かってもらっているようなもの。兜町とともに発展させて、育んでいかなければなりませんね。

●環境に適応しながら、成長していかなければならないですね。K5のデザインについて、当初はどのように考えていたのですか?
この兜町の小さなホテルで、快適に過ごしてもらうにはどうしたらよいのか? テナントのレイアウトをどうするか? 地下にはどうやって人を呼び込むか? 人の動きを見ながら、有効なスキームを考えていかなければなりませんでした。レストランと客室に向かう人の導線を、完全にわけるのではなくコントロールする方法を見つけなければならない。この道はダメと禁じるのではなく、わかりやすく流動的な方法を模索しました。早い段階で、高速道路に面した北側に廊下を作り、静かな場所に客室を作ることを決めたのですが、名案だったと思います。どの部屋にも大きな窓とコンパートメントを作ったことで方針が明確になり、壁や床、天井はそのままの状態にすると決めて、それがデザインの鍵になったと思います。テナントそれぞれを独立させず、植物や棚を空間の仕切りにして緩やかに繋げたことも重要でした。いま振り返ってみると何が正解だったのか明快ですが、当時は、もっと良い方法があるのではないか、最高のものを作りたいとみんなが案を出し合い、紆余曲折しながら進めたように思います。

K5のプロジェクトは、オーケストラのように、さまざまな分野のスペシャリストがいるような状態でした。そして私たちは、その指揮者という言葉がぴったりだと思います。

●デザインというより、構造を考えることに力を入れましたね。そして実際に稼働してみて、その力を目に見えないところで実感しました。
不思議ですよね。「面白い」というのはネガティブな意味もありますが、私はポジティブに「面白い」ホテルだと思っています。こういう形で機能するホテルは珍しい。小さな木箱をイメージして作ったレセプションは、レストランに行く時も、2階やAoに行く時にも、必ず前を通ることになる。レセプションをK5の中心にしたことは、クールな判断だったと思います。チェックインを済ませてから部屋まで向かう際、エレベーターや階段、廊下まで、丁寧に導かれることも重要ですよね。廊下の隣を走る高速道路でさえ、ここで何かが起こるという高揚感に繋がるはずです。

●K5を作ってきた2年間、デザインや建築、インテリアという言葉を使わないのであれば、あなたたちの役割をどのように説明しますか?
K5のプロジェクトは、オーケストラのように、さまざまな分野のスペシャリストがいるような状態でした。そして私たちは、その指揮者という言葉がぴったりだと思います。どんな曲になるのか最初はわからなかったけれど、結果とてもユニークな曲になったと確信しています。私たち全員が自身のアイデアを持っていたことも大きいですね。このプロジェクトは自分のものだと誰もが責任感を持ち、自身の言葉や感覚でアイデアを出していた。突然、ヒロ(本間貴裕)が客室にレコードプレーヤーを入れようと言い出しましたよね。アートとともに、植物を客室に取り組もうとして、何度も話し合い、Yard Worksの天野慶さんにお願いできたのも大きかったですね。話し合ってきたことすべてが価値あるものであり、参加してくれたすべての人がK5の一員です。

●さまざまな分野のスペシャリストがアイデアを同じように持ち寄ったからこそ、K5ができ上がりましたね。
平和不動産も、このプロジェクトにとってとても重要な存在でした。オーナーとしてただ場所を貸すだけではなく、自分たちのアイデアを持って関わってくれましたね。そして、いつも私たちの背中を押してくれました。

●平和不動産代表取締役社長の土本清幸さんにもインタビューしたのですが、挑戦すること、コンフォートゾーンから出ることが重要だと言われました。
コンフォートゾーンを出るというのは、良い言葉ですね。私たち全員がコンフォートゾーンの外にはいたけれど、一緒にいると安心して進めることができた。さまざまな意志決定をしてきましたが、そのすべてが一緒になってオーケストラのような音楽を奏でることができたと思います。

異なる要素が集まって、最終的にどこに向かうのだろうと思うことがあっても、その空間になっていく。

●クラシック、ジャズ、ヒップホップ……K5というオーケストラが奏でる音楽はどんなジャンルだと思いますか?
音楽を楽しんでいる人とそうでない人で、K5という音楽の響きも違ってくると思うのです。たくさんの音色があるから、その時々によっても聴こえ方は違うと思います。ファンキーなジャズに聴こえる日もあるかもしれません。王道のクラシックとはいえないだろうけれど、実験的なクラシックの可能性もある。モーツァルトというには大胆すぎるかな。もっと現代的な音楽かもしれない。K5を訪れる人たちに、ぜひ聞いてみてください。ここにいると、どんな音楽が思い浮かぶのか。

●もしK5でデザインしたプロダクトをひとつだけ紹介するとしたら、どこを選びますか?
ひとつを選ぶのは難しいし、音楽の話と同じように気分次第ですね。でもBのいちばん小さなスツールは好きです。個性の強いデザインが同居して、すごくかっこいい空間になった。2人掛けの小さなソファーもいいですよね。カーテンは、その見た目から想像できないほどの機能を備えている。どれかひとつを選ぶのは難しいのでやめておきますが、さまざまな要素が一緒になってすべてを演出してくれていると思います。でも、やっぱりいちばんのポイントは、先ほども言ったように、壁、天井、床をそのままの状態にしたことかな。

●古代ギリシアのアリストテレスが、組み合わせは大事だと言っていますよね。IDÉEの創始者、黒崎輝男さんにK5のインテリアをどう思うか聞いてみた時も、全体像が見えなくても自分の直感を信じればいいと言われました。
彼の言う通りだと思います。異なる要素が集まって、最終的にどこに向かうのだろうと思うことがあっても、その空間になっていく。私たちも、ひとつの空間に対して、このクオリティでこれほど細部まで手がけたのは初めてでした。美しいランタンも、私がスケッチした廊下のウォールライトも、すべてのインテリアが調和していますよね。デザイン性の高い、それぞれがある意味で音楽を構築しているようなインテリアを、こうして異なる文脈で見せることができたのはおもしろかったですね。

●ストックホルムにもK5を作ってみたいですか?
ユニークなプロジェクトになるでしょうね。でも、兜町と同じことはもう二度とできない。まったく別のアプローチと文脈になるはずです。

Ola Rune

Ola Rune

オラ・ルーネ

コンストファック大学卒業後、1995年にストックホルムでMarten Claesson (モーテン・クラーソン)、Eero Koivisto(エーロ・コイヴィスト)、と3人でデザインスタジオClaesson Koivisto Rune(クラーソン・コイヴィスト・ルーネ)を設立。ストックホルムのGucci、Sony、Louis Vuittonの建物からiittalaのキッチンツール「Neo」などの日用品まで、建築やデザインを中心に多領域にわたって国際的に活躍する。2017年には東京で初アートプロジェクトの展示会を行った。

Text : Momoko Suzuki

Photo : Gustav Karlsson Frost

Interview : Akihiro Matsui