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益子健太
益子健太

2022.05.24

益子健太

ラッパー、B by the Brooklyn Brewery シェフ

ゼロ距離跨ぐ風来坊
ときに余裕のある漢

リリカル、且つシニカルにヴァースを吐き出す益子健太という漢には、自然体という言葉がよく似合う。もしかすると、彼ほどナイーブでシャイなラッパーはいないかもしれない。兜町K5の地下にあるBrooklyn Breweryのビアホール「B by the Brooklyn Brewery(以下、B)」。そのキッチンに立ち、日々タコスをつくりながら特等席で音を愉しみ、都内を中心に『Frb』として活動する益子さんに、都内有数の音質が体感できるこの空間で働くことの意味や、アーティストとしてのアティチュードについてインタビューした。

●ご出身は?
茨城県です。

●学生時代はどのように過ごしていましたか?
普通に過ごしていました(笑)。中学時代は、ちょうど釣りブームのころで、部活をサボって釣りへ行っていました。スケボーの練習もしましたが、みんなオーリーすらままならなくて。板に2人で乗り、坂を下るような遊びをしていました。

●部活は何をされていたのでしょうか?
陸上部でした。一応、真面目に取り組んではいたのですが、練習が一番楽だと思い、走り幅跳びをメインにやっていました。高校でも陸上を続けていたのですが、釣りの方が楽しくて、友達と一緒によく池に行っていました。一回ぐらいしか釣れた覚えがないのですが(笑)。

●音楽にのめり込んだのはいつ頃からでしたか?
中学生のころからHIP HOPを聴いていたのですが、まわりに知っている人が誰もいなくて。偶然、HIP HOPをやっていた同い年の人たちと知り合って、それで何となくラップをしはじめたのが高校3年生のころでした。

●HIP HOPを聴くに至ったきっかけは?
もともと好きだったのですが、偶然iPodを手に入れたことがあって。でも、全然曲の入れ方がわからず……。当時、まわりには誰もiPodを使っている人がいなかったのですが、兄貴の友人がiPodを持っているという噂を聞きつけ、その人に頼んで曲を一式入れてもらったんです。その中身を聴き込んでいたので、ルーツは兄貴の友人です(笑)。

●高校卒業後はどうされたのでしょうか?
神奈川県の大学に通っていたのですが、なんとも言えないキャンパスライフを送っていました。

●何か勉強したいことがあって大学へ?
本当に流れで入ったというか、地元を出たかっただけというか。ただ、まわりの大学生のノリに合わせることができず、うまく馴染めなかったので、全然友達もできませんでした(笑)。

●無事卒業されましたか?
単位はギリギリでも、なんとか卒業できたのですが、就職活動をする余裕もなく、そのまま卒業して地元に戻り、2,3ヶ月ゲーム三昧のニート生活を送っていました。

●ニート生活からどのように脱出したのでしょうか?
渋谷の居酒屋でランチ営業を手伝ってほしいと知り合いから連絡をもらい、失うものはなにもないと渋谷へ行きました。4ヶ月の期限付きではありましたが、渋谷に社宅もあり、そこに住み込んで、お金を貯めるために他でも美大の荷運びといった日雇いバイトなんかをしていました。

●渋谷での生活はいかがでしたか?
終電の概念がなかったので、結局、毎晩遊び歩いてしまい、全然お金が溜まりませんでした(笑)。そうこうしていたら、オフィスビルへの仕出しがはじまり、その部署の担当社員になってからは、早朝に弁当をつくっては、六本木まで車を走らせ、弁当の配達をしていました。

●早朝作業後に遊びに行く元気はありましたか?
朝6時にはお弁当をつくっていたのですが、15時には仕事が終わるので、そのまま職場の人と飲みに行って、深夜にいい感じに仕上がって解散するという感じでした。

●そのころも音楽活動は続けていたのでしょうか?
月に1〜2回ですが、ライブをしたり、音楽活動はずっと続けていました。

●以前、Kontextでインタビューさせていただいた「B」のマネージャーである西岡さんとは、元々知り合いだったのですよね?
そうです。まだ大学生のときで、20歳ぐらいだったと思いますが、友達が当時、表参道のCOMMUNEにあった「iki-ba」というレストランでDJをしていて、それを観に遊びに行ったことがあって。そこでタネさん(西岡さん)と知り合ったんです。そのあと、あるウイスキーのPOP-UPイベントの手伝いをしてほしいとタネさんから連絡をもらい、働かせてもらった経緯がありました。

●その繋がりで「B」で働くことに?
そうです。徐々に仕出しの仕事がなくなってきて、また別の部署に移り、下北沢の住宅街にポツンとあるセントラルキッチンでひたすら串を打っていたころでした。そのタイミングでタネさんから「こんなプロジェクトがあって」と連絡をいただき、それで「B」に来ることになりました。

●その頃はどちらに住まれていたのですか?
代田橋に住んでいました。沖縄タウンがあったり、新代田にはFEVERというライブハウスもあって、なかなかディープな街でした。

●大学時代はあまり友達がいなかったとおっしゃっていましたが、仕事以外に交友関係はありましたか?
在学中は町田付近に住んでいて、友人経由である年上の方と知り合い、その人と週3ぐらい会って、ただひたすら飲んでいました。

●どのような方だったのでしょうか?
音楽と飲食をやっていた方で、大学終盤は一緒に働かせてもらっていました。そういった人や、とあるイベント現場で声をかけてくれたDJの方を介してタネさんにも繋がりましたし、ジャンルを問わず、気が合う人とはどんどん繋がっていった気がします。

●どのような内容のお話をされていたのですか?
全く中身のない話(笑)。でも、そういった会話から繋がりが生まれ、その友達がまた新たな友達を呼び、連鎖していく。自分たちが居心地の良いと思える人が増えていく感覚は、すごく面白かったです。

●仕事とはまた違う“遊び“という軸で、人との繋がりが広がっていったのですね。
それが自然発生的にイベントにも繋がっていきました。

●「B」ではどのような仕事をされているのでしょうか。
キッチンでタコスをつくっています。いまは完全にタコスモードですね。タネさんがイベントのブッキングをしているので、POP-UPイベントでフードが入る場合には、連動して一緒にイベントに参加したりもしています。

●以前からタコスは好きだったのでしょうか?オススメがあれば教えてください。
実は、全然食べたことなくて。タコスとの馴れ初めは、ここです(笑)。正直、全部オススメではあるのですが、強いて言うなら、カルネアサダというアンガスビーフのカットステーキタコスです。ガッツりいけてウマいっす。

●タコスをつくっているときはどんなことを考えていますか?
美味しくなあれって(笑)。

●すぐ隣がDJブースになっていますよね?
そうそう、特等席なんです。僕の特権で。

●コロナに直面して、イベントがしづらい状況だと思いますが、以前Somewhere Tokyoの中谷さんが話していたように、都内屈指の音響設備を携えた「B」なので、音のイベントはすごく楽しみにしているのですが、今後、ここでのライブも拝見できるのでしょうか?
いや、ここではライブしたくないですね(笑)。

●どうしてですか?(笑)
職場ではちょっと距離が近すぎて恥ずかしいので(笑)。でも、普段ここに来ない人たちが来てくれるのはすごく面白いと思うので、そういった人々が交わるイベントだったらやってみたいです。

「B」では、普通に生活していたら受けられないような刺激があるのは確かです。

●最近の音楽活動について聞かせてください。
最近は、『風来方』改め、『Frb』として渋谷、下北沢、恵比寿などの都内で月に3,4本のライブをしてます。

●かなり活躍されているみたいで?
いや、それはデマカセです!(笑)。

●ライブは一人編成だと思いますが、どのように音楽をつくっているのでしょうか?
トラックはまわりの人たちがつくってくれるので、ノートに書き溜めたリリックをそれに載せています。

●トラックをつくったりもしますか? 制作のインスピレーションはどのようなところから受けているのでしょうか。
トラックはまだつくっていないです。いただいた機材はあるのですが、そのまま置きっ放しになっていて。でも、特に制作という制作はやっていないんですよ。自然に書き溜めているだけというか。

●あまり制作のことを話したくなさそうですね(笑)。
いやいや、そんなことはないです!(笑)。まあ、でも遊び歩いてはいるので、強いて言うなら“遊びのなか”でしょうか。

●「B」のインスピレーションツアーでは、ニューヨークのブルックリンへ行かれたのでしょうか?
タネさんとバーのチームが行ったので僕は行っていないのですが、自分の場合、世田谷区内だけでも結構インスピレーションは得られるというか。

●「B」で受ける刺激について教えてください。
普段会えない人に出会える、でしょうか。普通に生活していたら受けられないような刺激があるのは確かです。

飲んで食べて輪が広がっていくような関係性が築けると、いよいよこの場所が活きてくるのかなと思っています。アーティストにも遊べる場所が必要なんです。

●お店がはじまってから感じる変化はありましたか?
お店の輪郭が形成されてきたことはもちろんありますが、友達クルーや、ここでDJをしてくれた人たちがプライベートで来てくれるようになった状況はアガりますね。毎日誰かしら来てくれたらいいなと思っています。

●キッチンから動かずとも、いろいろな人に出会えるのは良いですね。それこそ世界中からもっと人が来られるようになれば、一層面白くなりそうです。
ゼロ距離で完結、一番楽じゃないですか!

●直近の目標があれば教えてください。
余裕のある人になりたいです。全てにおいて。この人やたら余裕があるなっていうような。すみません、パッと思い浮かぶことがこれくらいしかなくて(笑)。

●ライブのギャラの使い道は?
手元に残ればよいのですが、その日のイベント内で使い切ってしまうんです。地産地消です(笑)。

●渋谷のCONTACTが再開発によりなくなってしまうそうなのですが、街の遊び場や音に触れられる余白のようなスペースがなくなってしまうのはすごく悲しいことですよね。
そういう箱がなくなってしまうのは悲しいことですが、もっと悲しいのは、音との距離が離れていってしまうこと。友達と一緒に気軽に遊びに行くような余白は街にとって必要な要素だと思いますし、そうじゃないと寂しくなってしまうというか。

●兜町では、そういった音の余白も残していきたいですね。
あまり「B」のような場所ってないと思うんです。クラブでもなく、ライブスペースでもない。でも、美味しいビールやタコスが楽しめるし、いい音楽が傍にあって、みんな集っている。そこに、ちゃんとアーティストにペイできて、飲んで食べて輪が広がっていくような関係性が築けると、いよいよこの場所が活きてくるのかなと思っています。アーティストにも遊べる場所が必要なんです。

●少し前にニール・ヤングがジョン・ローガンのポッドキャスト発言から触発され、Spotifyから撤退したという話があったと思うのですが、Spotifyのプラットフォーム自体がアーティストに十分ペイできないシステムだという観点もあったように思います。
やっぱり仕組みは大事だと思います。兜町ではそこを実現していきたいです。でも、アーティストへのホスピタリティでいえば、タネさんですよね。あくまでも僕のスタンスはパフォーマー側なので、そこはタネさんに期待です(笑)。

もっと有機的な繋がりが見えてくるとよいなと思っているので、この場所もそういった場所になっていければ嬉しいです。

●音楽は何で聴くことが多いですか?
CD主体で、あとはレコードですね。時々、Unionとかに行って100円の盤を買うこともあります。たまに当たりに出会ったりもして面白いですよ。

●今の時代って、いくらでも簡単に音楽に出会えると思うのですが、その分、情報の移り変わりが早過ぎて、忘れ去られてしまう印象を受けませんか?
確かに。最近はもう香水の歌とか耳にしないですよね(笑)。アクセスまでの距離が簡素化し過ぎて、その経緯が抜け落ちていることが問題なのかもしれません。下手すると、忘れたことにすら気づかないというか。

●場所にも同じことが言えるのではないでしょうか。東京にいると、以前建っていたビルが急に消えていることがよくあるのですが、何が建っていたか全く覚えていないんです。ただ消費するための情報って、思ったより簡単に忘れ去られてしまうというか。
音楽と一緒かもしれませんね。自分で探して好きになったものは、いつまでも心に残っているものだと思うし、もっと言うと、そこに人の顔が浮かぶかというのが大きいと思っています。アーティスト名はわかっても、誰だか顔が浮かばないのは、今の時代の弊害のような気がしていて。

●そういう意味では、音楽も街もアウトプットの仕方がもっとパーソナルなものになっていくといいですよね。少なくとも兜町には建物の外観だけではなく、なかにいる人々の顔が浮かびます。
みんな好きな音楽を聴けばいいとは思うのですが、閉鎖的ではなく、もっと有機的な繋がりが見えてくるとよいなと思っているので、この場所もそういった場所になっていければ嬉しいです。ブレずに、余裕を持って。

●随分ブレたなっていうアーティストって結構いますよね。
その人なりの軸があってやる分にはいいと思います。ただ自分の場合はそうまでして金銭的な余裕ができたとしても、そんなものはいらなくて。欲しいのは本物の余裕っす(笑)。

益子健太

益子健太

Kenta Mashiko

1995年、茨城県生まれ。学生時代よりHIP HOPを聴いて育つ。大学卒業後、飲食で働く側『風来坊』としてキャリアを積み、現在は『Frb』に改め、都内を中心にライブをしながら活動を続けている。Brooklyn Breweryのビアホール「B by the Brooklyn Brewery」では、キッチンを担当し、日々タコスをつくっている。

Text : Jun Kuramoto

Photo : Naoto Date

Interview : Jun Kuramoto


益子健太

ラッパー、B by the Brooklyn Brewery シェフ

兜町の気になる人

よく会いはするのですが、気さくなのに意外と自分を出してこなくて、謎のベールに包まれているんです。そんな彼の秘めた部分を暴き出したいなと思っています。