●和歌山県の平和酒造で醸造家として働かれていた宿南さんが、平和どぶろく兜町醸造所にジョインされたのは、どのタイミングでしたか?
昨年6月の平和どぶろく兜町醸造所のオープンに向けて兜町に来ました。平和酒造では今年で6年目です。5年間、和歌山の酒蔵で主に日本酒の製造とクラフトビールの醸造に携わり、自社で栽培している山田錦というお米の栽培も担当しています。オープンして最初の半年は、東京に住みながら店舗管理とどぶろくの製造をしていましたが、今年に入ってから和歌山での日本酒製造を再開したところです。
●現在は、和歌山で日本酒を造りながら、兜町の店舗にも立たれているということですか?
そうです。日々、和歌山と東京を行ったり来たりしています。
●タフなスケジュールをこなしていらっしゃいますね(笑)。ご出身も和歌山なのでしょうか?
生まれは兵庫ですが、物心ついた時から大阪にいたので、大阪が一番長いです。進学した奈良の大学も大阪から通っていました。
●学生時代に打ち込んだことはありますか?
小学校から大学までずっとテニスをやっていました。中学時代は部活がなかったのでハンドボールをしたり、スポーツ中心の学生生活を送っていました。温泉も好きだったので、スーパー銭湯のなかにあるレストランの募集に“バイト終わりにタダで温泉に入れます”というフレーズを見つけて、すぐにそこで働きました(笑)。大学生活の4年間は、バイト終わりの温泉に癒されていました。
●大学では、どのようなことを勉強されたのでしょうか?
農学部だったので、野菜をつくったり、農業について勉強していました。醸造学科というわけではなかったので、酒造りを学んでいたわけではありませんでした。
●いつ頃からお酒に興味を持ち始めたのですか?
大学時代はサークルの友人と居酒屋へ飲みに行くことが多かったので、結構お酒全般は好きだったのですが、特に日本酒が好きで、どんどん魅了されていきました。
●どうして日本酒に魅了されていったのでしょうか?
最初は、大学生が行く居酒屋によくある飲み放題とかで出される日本酒しか知らなかったんですけど、地酒に出会ってから、米と水という同じ限られた原料なのに、これだけ香りや味に違いが出せるのかと、どんどんのめり込んでしまって。
●本気で日本酒を造ろうと思ったのは、いつでしたか?
酒屋で買ってきて日本酒を飲むようになったのが、ちょうど就活の時期で。料理とかと違って、日本だと酒類製造免許がないとお酒は造れないんですよ。業界に入らないと造れない特別感に惹かれたのかもしれません。
●では、就活は酒蔵を中心に?
酒蔵しか受けませんでした(笑)。全国の酒蔵を5、6社。日本酒業界は西日本がメインになるのですが、獺祭を造っている山口県の酒蔵のインターンも受けましたし、実際に住み込みで経験を積ませてもらうこともできました。
●酒造りを経験してみて、どのような印象を受けましたか?
正直、結構しんどかったです。いくら見たり調べたりしても、実際に手を動かしてみないとわからないことだらけでしたし、早朝も深夜も関係なく管理しなければならなかったので。
●土日に必ず休めるという仕事ではないわけですね。
酒造りは待ってくれないので、休みがどうこう言える仕事ではないのですが、自分が好きなことを仕事にしたいと思っていたので、全然苦ではなかったです。
● 平和酒造への就職を決めた、決め手は何でしたか?
どの酒蔵さんも美味しい日本酒を造っていたことは間違いないのですが、なかでも平和酒造の若い蔵人(社員)さんたちがやりがいと誇りをもって日本酒を造っているなという印象があって、そこで決めました。
●酒蔵にも新卒採用があるのですね。
酒蔵は季節雇用が多いのであまり聞かないと思いますが、平和酒造は10年前から新卒を採用していて。毎年1〜3人、倍率としては1,000倍近くになることもあります。
●1,000倍ですか!? 冬の間に杜氏さんと酒を醸す。ある種、出稼ぎのような季節雇用というステレオタイプなイメージがありました。
平和酒造は、日本酒造りが終わった後も梅酒を造りますし、クラフトビールは年中造っているので通年雇用です。こういうどぶろくのお店もあるぐらいなので。
●製造過程において、どぶろくと日本酒はどこが異なるのでしょうか?
どぶろくというのは、日本酒の祖先というか、原点みたいなものなんです。今は日本酒が主流になっていますが、原料は同じお米。それを発酵させて造っています。最後に搾って濾過すれば日本酒、ドロっとしたままにすればどぶろくになる。酒税法では、日本酒は「清酒」に、どぶろくは「その他の醸造酒」に分類されます。
●元は同じものなのに、搾るか否かで分類が変わるのは面白いですね。
味わいで言うと、日本酒は繊細な味わいで香りが華やかなだけに、料理を選ぶと思っています。例えば、カレーなどの香りが強いスパイス料理には合わなかったりする。でも、どぶろくは白米みたいに何にでも合うんです。
●どぶろくと聞いてイメージしていたのは、味噌のように各々が家庭の味を楽しむような、地酒をさらに細分化したようなお酒だったのですが、そもそも家で造ることは禁止されているのですよね?
明治時代に規制される前までは、農家さんごとに造っていたみたいです。
●そういったクラシックなルーツを持つどぶろくを、今このお店であらためて表現するにあたり、意識していることはありますか?
できたてを飲んでほしいというのはありますが、特定のもの以外を入れると清酒ではなくなってしまう日本酒に比べて、どぶろくは副原料に何を入れても「その他の醸造酒」なので、味わいの広がり方が日本酒とは全然異なるんです。
●守備範囲が広いどぶろくの最大の魅力は何でしょうか?
お米だけでは出せない味が楽しめることです。小豆を入れてみたり、ハーブを使ってみたり。柑橘も爽やかで合うんです。表現の幅がある分だけ、料理との相性も広がりますし、そこが面白いところです。数週間で完成するので、時間がかからないのも魅力です。
●兜町に出店したのはどうしてですか?
この付近の川は、江戸時代に関西から日本酒が運ばれてきた船着場で、当時は江戸における日本酒の新拠点だったそうなんです。ことはじめの街である日本橋兜町で、新たに日本酒の原点であるどぶろくを発信していく。ぴったりじゃないですか。あと、偶然ですけど、この一帯を管理している不動産会社さんも……(笑)。
●“平和”つながりですね(笑)。
平和不動産さんから、この建物のこの場所で「何かできませんか?」とお声がけいただいたのが直接のきっかけでした。
●平和どぶろく兜町醸造所には、どのようなお客さんが来られますか?
若い方からご年配の方まで。男女比も半々ぐらいですし、若い女性の方も多いです。平日は兜町付近で働かれている方が仕事帰りに寄ってくださることが多いですし、土日もお昼からやっているので、うちの日本酒を知っている方から初めていらっしゃる方まで様々です。海外の方も多いです。
●最近はお店でイベントも開催されていますね。
他の飲食店さんを呼んで、料理に合わせてどぶろくや日本酒を楽しんでもらえるようなイベントをさせていただいています。例えば先日も、ほぐれおにぎりスタンド(※1)のチームにおにぎりを握ってもらって大盛況でした。知名度のある方々なので、彼らのファンにどぶろくを知ってもらういいきっかけにもなったかなと。
※1 ほぐれおにぎりスタンド
イベントやケータリングなどで、その場でふわっふわのおにぎりを握る、店舗を持たない出張おにぎり屋。
●お店にはもともと、どぶろくと日本酒以外の飲食メニューもありますよね。
はい。燻製ナッツをはじめとしたおつまみから、サバ寿司やカレー、和歌山ラーメンも食べられるんです。
● フードも充実していますね。これからイベントを仕掛けるとしたら、どのようなコンテンツを入れていきたいですか?
どぶろくは和食とは当然合わせやすいのですが、メキシカンのようにちょっと普段とは違うアンテナで楽しめるコンテンツも発信していけたら面白くなるかなと思っています。自分自身、新たな発見を楽しみにしているので。あとは、音楽や芸術の分野でも一緒に何かやっていきたいですし、陶器などの作家さんともコラボレーションしていきたいです。街の酒屋さんに来ていただいたり、逆に僕らが酒屋さんへ行ってイベントをしてもいいかもしれません。
●これから造ってみたいどぶろくのフレーバーはありますか?
これまでは、黒糖は黒糖、バジルはバジルと、シンプルに1種類の素材を使っていましたが、素材を組み合わせたフレーバーを試してみたいと思っています。素材以外のスタイルとしては、炭酸で割ったり、カクテルとしてのどぶろくも提案していきたいです。
●カウンター裏に醸造室があるようですが、そちらでどぶろくを造っているのでしょうか?
そうです。基本的に日本酒やビールなどのお酒は和歌山で造っていますが、どぶろくはこの店の醸造室でも造っています。クラフトビールのように数週間で造ることができますし、約6畳のスペースでも、10リットルのホーロータンクとスチームコンベクションオーブンというお米を蒸す調理器具があれば、設備に場所をとられずに、この場所でも無理なく造ることができます。
●日本酒やどぶろく以外にもクラフトビールや梅酒と、異なる種類のお酒が楽しめるのも面白いですよね。
どぶろくは、こちらの店舗にある醸造室で仕込んだフレッシュなものや限定フレーバーの他に、和歌山の本蔵で醸造した熟成どぶろくも人気です。タップを見ていただくとわかりますが、クラフトビールもたくさん種類がありますし、そこからヒントを得て、このお店のスタイルに行き着いたところもあります。
●クラフトビールがこのお店のヒントに?
ブルワリーパブというスタイルがヒントになりました。裏で醸造しながらタップでライブ感をもって楽しんでもらえる。クラフトビールの普及も消費者がものづくりを身近に感じることができる、あの店舗構造に理由があるのではないかと。
●なるほど。確かに、ついタップと後ろの醸造室が気になっていました(笑)。もうひとつ気になっていたのですが、お店のBGMとクネクネした照明が面白いですね。
お酒を造るときに出る音と、和歌山の自然からサンプリングした環境音を流しています。海の波や川の流れる音。鳥のさえずりまで入っていて。クネクネと曲がった照明は、風や自然の流れ、発酵の様子が表現されています。
●なるほど。自然の音と空間に囲まれながらどぶろくを楽しめるということですね。どぶろくの製造管理について聞きたいのですが、感覚的なところと数値的なところについて教えてください。
基本的には加水と温度管理で調整しています。日々、アルコール度数を書き出して数字は見ているのですが、お米が麹の酵素によって分解され、それによって生まれた糖を酵母菌が食べてアルコール発酵するので、そのバランスを味見して見極めています。なので、最終的には自分の舌が判断基準になります。和歌山の酒蔵では毎日分析しますが、ここだと造る量が少ないので、もし毎日味見したら、あっという間に樽が空になってしまいますね(笑)。
●分析のために毎日味見が必要となると、蔵人は相当お酒に強くないと務まりそうにありませんね。
意外とお酒が強くない方もいますよ。なかにはお酒が弱い杜氏さんもいて(笑)。
●意外すぎます(笑)。どぶろくのアルコール度数は10%前後ということですが、あまり度数を上げないことに理由はありますか?
やろうと思えば18%ぐらいにもできるのですが、どぶろくをもっと身近に、カジュアルに楽しんでもらいたいという想いがあるので10%前後にしています。いろんな種類のフレーバーを飲み比べてもらいたいですし。
●どぶろくの新しいフレーバーのインスピレーションは、どこから得ているのでしょうか?
季節感のある旬の食材はいつもいいヒントになりますが、このお店のカウンターに立つことで生まれるお客さんとの会話からアイデアをいただくこともあります。
●このお店のカウンターに立つことが醸造家としての楽しみにつながっていますか?
醸造家としての一番の楽しみは、やっぱり美味しいお酒ができた時ですが、搾らないと表情が見えない日本酒のように、これまでの醸造家人生では見ることのなかった、お酒を愉しむお客さんの表情を最後まで見届けることができるのが新鮮で、最近はそれが楽しみでもあります。
●そうですよね。お酒を造る方が、飲む方の表情まで見届けることって意外とできないですよね。
どんなに美味しいお酒ができたとしても、それをどんなシチュエーションで、どんな表情で飲まれているかいうところまで見届けることって、醸造家として必要なことだと思うんです。普段お酒を造る蔵人が店頭に立つことで、カウンター越しの会話から新しいフレーバーのヒントを得るだけでなく、お客さんの反応自体が私自身の味覚に返ってくる。それは、直接どぶろくの味につながっているような気がします。蔵にいると蔵人にしか会えないので、自分の味覚以外のフレッシュな意見を聞けるのも、ここでの貴重な体験だと思っています。
●多くの方にどぶろくを楽しんでもらうことで、どぶろくの可能性はもっと広がりそうですね。
どぶろくは、日本酒の入り口とも思っているので、そこから日本酒にも関心を持ってもらいたいですし、日本橋兜町という、かつて西日本からやってきた日本酒文化が花開き、酒問屋が立ち並んだこの地で、どぶろくをきっかけに再び日本酒業界を盛り上げていけたらと思っています。
宿南俊貴
Toshiki Shukunami
1996年、兵庫県生まれ。和歌山県の平和酒造へ入社し、2022年6月、日本橋兜町にオープンした平和どぶろく兜町醸造所で、どぶろくの醸造と店舗の運営管理を行う醸造家。日々、和歌山県と東京を行き来し、酒造りが忙しい冬以外は大好きな納豆を食べるお茶目な一面も。
Text : Jun Kuramoto
Photo : Naoto Date
Interview : Jun Kuramoto
宿南俊貴
平和どぶろく兜町醸造所 醸造家
藤枝昭裕さん
日本橋兜らいぶ推進協議会代表理事/平和不動産株式会社
兜町の気になる人
兜LIVE!で『日本酒を蔵元トークとテイスティングで楽しむ』というイベントが開催されていて、その時に仲のいい蔵元さんをお店に連れて来てくださったり、二次会の後で参加者の皆さんを連れて来てくださったりしているので、またお話してみたいです。“平和”つながりというのもありますし。