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星涼太
星涼太

2026.07.13

星涼太

南印度洋行 兜町1号店店長

小さな違和感がニュースタンダードに
「ビリヤニ」ならぬ「ビリアニ」が魅せるエクレクティックな世界

人生は、思い描いた目的地に辿り着くことで完成するとは限らない。ウェス・アンダーソン監督の映画『ダージリン急行』で、三兄弟はインドを旅しながら探し求めていた答えとは別のものを拾い上げた。フランス料理を学ぶためにカナダへと渡った星涼太さんもまた、その旅路の途中で意図せぬ答えを拾い上げたひとりだ。辿り着いたのは「ビリヤニ」ならぬ「ビリアニ」。少しだけ概念を崩すことで、新たなスタンダードが立ち上がっていく。国境やジャンルを横断しながら培われたエクレクティックな感覚が息づいた一皿とはどのようなものなのか。今回は、Omnipollos Tokyoを間借りしながら日本人に捧げるビリアニを提供する南印度洋行 兜町1号店の店長、星涼太さんにインタビューした。

●星さんは現在Omnipollos Tokyoの昼の時間に間借り営業というかたちでビリヤニを提供されていらっしゃいますが、そこに至るまでのストーリーをお聞きしたく、まず学生時代はどのように過ごされていましたか?

学生時代は医療系の大学に通いながら医療の名の下に、給食や病院で提供する食事など、栄養学や衛生面に関するさまざまな分野の勉強をしていました。ただ、本当のところは料理がしたくて、フランス料理を本格的に学べないかと考えていたんです。でも、親父には「ちゃんと就職してほしい」と口酸っぱく言われていたので、病院をメインに就職活動をしていました。

毎日のようにアイデアを練りながら、メーカーさんから仕入れた食材を使用しては、新商品を提案するためにパスタを茹でる日々を送っていました。

●では、卒業後は病院で働かれていたんですか?

結局、医療の道へは進まずに、ファミリーマートに就職することにしたんです。おにぎりやお惣菜などのお弁当を開発する部署だったのですが、僕はパスタ部門に配属されて、そこでずっとパスタの開発をしていました。

●ファミリーマートでパスタ開発というのは面白い職歴ですね。もともとフレンチをやりたかったと仰っていましたが、食に興味をもつようになったのはいつごろからでしたか?

幼少のころからアウトドアが好きだった父の影響で、よく山へ行っていたんです。地元が埼玉だったので、一緒に山に入っては山菜を採取していました。そんな経験が僕の食の原点になったのかもしれません。

●コンビニに並ぶパスタを開発する日々はいかがでしたか?

コンビニって、一週間に一度の頻度で新商品が入れ替わったりするんですよね。なので、毎日のようにアイデアを練りながら、メーカーさんから仕入れた食材を使用しては、新商品を提案するためにパスタを茹でる日々を送っていました。ただ、自分が開発したパスタが商品となって全国のファミリーマートに並ぶのを眺めているのは何だか不思議な気持ちでしたし、企画から提案、売上まで見させていただいていたので、とてもやりがいのある仕事ではありました。実際に工場に出向いて、最後までちゃんと自分が意図した商品になっているかを確認したりもしていたので。

●食が好きだからこそ続けられたお仕事だったのかもしれませんね。

ところが、4年間毎日パスタを食べていたら、さすがに飽きてしまって(笑)。やっぱりお腹が空いて食べるのと、仕事として味見し続けるというのはまた別物でした。自分が知らない食材と日々出会えるというのは面白かったんですけどね。それで、もっと専門的に料理をつくりたくなって職場を離れることにしたんです。

帰国後にフラフラしているところを、母方の知り合いだった南印度洋行のオーナーさんに声をかけてもらったというのがきっかけでした。

●それでビリヤニをつくることに?

いや、ビリヤニはまだなのですが、退職して一週間後にフレンチを学ぶためにカナダのケベックへ飛びました。フランス料理を学ばせてもらおうといくつかフレンチレストランをまわり、「一度日本に帰って準備してから必ず戻ってくるので、ここで働かせてください」と伝えて帰国しました。で、いざ日本に帰ってきたらお金が全然ないことに気がついて、結局カナダには戻れなかったんです(笑)。

●それで行き着いたのがビリヤニだった?

そうなんです。帰国後にフラフラしているところを、母方の知り合いだった南印度洋行のオーナーさんに声をかけてもらったというのがきっかけでした。ちょうど飲食事業を立ち上げるというタイミングだったので、運良く拾ってもらえて。

●最終的にビリヤニが好きで決心されたとか?

いや、このときまでビリヤニのことを知らなかったんですよ。もちろん食べたこともなくて。なので、まずは食べてみてという感じだったのですが、僕、実は辛い料理が苦手で……(笑)。なので味見はオーナーが、僕はあまり馴染みのないスパイスを使用しながら開発に専念するという感じでやっているんです。

●開発と言っても、初めて食べるビリヤニですよね? どのように料理を習得していったのでしょうか?

オーナーのやっていた南印度洋行という会社は石材の会社で、よくインドに行っていたんです。それで、石材事業の人脈を使って僕もインドへビリヤニ修行に行くことになったんです。社長と一緒に空港まで行ったのですが、「仕事があるからここでお別れだ」と言って、結局一人旅に……。不安を抱えたまま、南インドのチェンナイにひとりで滞在してきました。

●ひとりとは言え、尋ねるべき人はいたんですよね?

「師匠のところへ行きなさい」と言われていたので、まずは彼を訪ねるために石材の工場へと向かいました。そこで食べたビリヤニが美味しすぎて、それで彼から料理を教わることにしたんです。それを基に提供しているのがいまお店で出しているビリヤニなんです。もちろん、彼の料理だけではなくて、チェンナイの屋台などのストリートフードを一通り食べ歩いてからインドのグルメツアーを終え、帰国しました。

●海外で現地のオーセンティックな料理を食べると、日本で親しんでいた料理とは全然印象が異なることも多いと思うのですが、インドの旅ではどのような発見がありましたか?

現地にはさまざまなスタイルが溢れていて、ほとんど初めての光景に驚きの連続だったのですが、やっぱりスパイスの多様さには驚かされましたね。あっちのスーパーは、やたらとスパイス売り場が広くて、店内にスパイスの香りが充満しているんです。その香りは日本では体験したことがなかったので印象に残っています。南印度洋行では、現地からスパイスを仕入れているんですよ。

日本風にアレンジした亜流のビリヤニなので、ビリアニと呼んでいるんです。

●インドでの修行の旅と本場のスパイスで南印度洋行のビリヤニがつくり上げられたわけですね。ところで、このOmnipollos Tokyoをどのようにして知ったのでしょうか?

オーナーの友人の紹介でこの場所を見つけたと聞いています。ぼくが来たときにはすでにこの場所でお店をやることが決まっていたので詳しくは知らないのですが。なので兜町の街を訪れたのも、このお店に来たときが初めてでした。

●初めての兜町の印象はいかがでしたか?

かっこいい街だな、というのが率直な印象でした。ただ正直、このカウンターでは料理しづらいな、と(笑)。あと、僕がここでつくっているのはビリヤニなんですけど、「ビリアニ」と表記しているんです。

●ビリヤニではなく、ビリアニ? 実際には、どのようなアレンジを加えているのでしょうか?

日本風にアレンジした亜流のビリヤニなので、ビリアニと呼んでいるんです。ビリアニは、主に豚肉をメインに使用してつくっていて、インドでは豚肉は宗教的に食べない方が多いので、現地の人が食べに来たら食べてくれないと思うんですけど、あくまでも日本人向けの料理として開発しています。お米はバスマティライスを使用しているのですが、豚骨出汁で炊いたものと魚介出汁で炊いたものの2種類のお米を、提供時に混ぜてお出ししています。アゴ出汁も使用しているので、日本人にとってはどこか落ち着く風味になっていると思います。メニューとしてもこのビリアニ一本でやっていて、それにサイドメニューを組み合わせてお召し上がりいただいています。

1種類のメニューでも、味わい方は人の数だけあるというところを楽しんでいただきたいですね。

●スリランカでは、基礎となるカレーパウダーを構成するスパイスをローストしてからカレーをつくると聞いたことがあるのですが、スパイスに関して何か日本人向けに工夫されたことはありますか?

基礎的なところでは、ホールスパイスを油で弾かせて香りを引き立てるテンパリングというインドの技法に習ってつくっています。ただ、インドではスパイスをホールのまま入れてご飯を炊いたりするものの、日本人は口のなかにスパイスが当たると異物感を感じて避けてしまう傾向にあるんです。なので、カルダモン、クミン、シナモン、アニス、クローブ、チリといったようなスパイスは、炊く前に空炒りして、ミルでパウダー状にしてから使用するようにしています。

●なるほど。料理も食べられる国の文化や慣習によって受け取られ方が異なるのかもしれませんね。そこに日本人に向けられた独自の工夫を施すことで独自の料理へと昇華されていく。

フランス料理はコースが基本で、お皿の上の料理が常に変化しながら楽しむものだとしたら、日本は定食として主菜、副菜と料理が同時に食卓へと並ぶ。その料理を自身で食べる順序を決めながら口内調理して食べ進めていく。そう考えると気質の違いはあれど、ミールスなどを見る限り、インド料理も日本の食文化と近しいのかもしれません。

●そういった意味では、“自由度の高い料理をどう楽しむか”が鍵となりそうですね。

うちのオーナーはビリヤニへのこだわりが強いので、食べ方のHow toもメニューにしっかり書かれていて、お客さんも迷わずに美味しくビリアニを召し上がっていただけるようにはなっています。ただ一方で、ひとつのメニューをいかに美味しく食べてもらえるかは自分次第。1種類のメニューでも、味わい方は人の数だけあるというところを楽しんでいただきたいですね。

いい意味でこの限定的な空間をどう使っていくかという表現の仕方はあるにせよ、新たな表現の場でも挑戦していきたい。

●そんなこだわりあるオーナーさんとブレインとしての星さんのクリエーションは、きっと日々ぶつかり合っているものと想像するのですが。

いままさに衝突しているところです(笑)。オーナーは全国を飛び回っているので、毎日お店にいるわけではないのですが、2ヶ月に一回はビリアニを食べにきて、「味が前と違う」とご指摘いただいています。だけど、それはちょっとずつ改良を重ねてきた結果なんですよ。この場所は、以前コンビニの開発部にいたときとは違って直接お客さんの反応が見れますし、毎日たくさんの刺激をもらっています。対人間というところで、店頭に立つ面白さが実感できる職場なんです。

●どのようなお客さんがビリアニを食べに来られますか?

朝7時から15時まで営業しているのですが、朝は女性のお客さんが多かったり、時間帯によって客層の棲み分けが見えるのも面白いです。証券マンたちは朝早くから働かれている方が多いので、出勤前の朝ごはんにビリアニを食べていかれる方も。なかにはひと仕事終えてから来られる方もいらっしゃるくらいです。お昼も兜町近辺にお勤めの方にご利用いただいていますし、意外だったのは、エスビー食品さんやブルドックソースさんなどの食品メーカーの方々が近くにいらっしゃること。みなさんわざわざ歩いて通ってくださいますし、最近はありがたいことに行列もできるようになった。本当に嬉しい限りですよね。東京駅が近いからか、土日は地方から来てくださる方もいらっしゃいます。

●みなさん、トガったビリアニを求めてこの場所へ足繁く通っているのですね。

Omnipollos Tokyoを間借りさせていただいて1年が経つので、そろそろ2店舗目を考えてもいいのかなと思っているんです。いい意味でこの限定的な空間をどう使っていくかという表現の仕方はあるにせよ、新たな表現の場でも挑戦していきたい。ありがたいことにイベント出店のお誘いもいただけるようになってきたので、そういった仕込みのことも考えると、そろそろなのかな、と。ただ、僕ひとりということもあるので、そこは考えなくてはいけないですね。

今後もインドと日本を行き来しながら、自分の周りに形成された人脈を活かした文化の橋渡しができたら面白いだろうなと想像しています。

●そう言えば、JAPANESE CURRY AWARDS2025を受賞されていると思いますが、何か変化はありましたか?

いつの間に受賞したんだろうという感じであまり実感はないのですが、カレーやビリヤニ好きの方々から評価いただけたことは純粋に嬉しいことですよね。これに甘んじることなく、これからも淡々と自分のビリアニの味を追求していけたらとは思っています。
そうそう、実はここで出している紅茶は南インドの山岳地帯であるニルギリ産の水出し紅茶を出していて、ビリアニとのペアリングにもこだわっているんです。あまり知られていませんが、辛さを抑えてくれる特徴もあるので、辛い食べ物が苦手な方には特にオススメですし、茶葉を購入していくこともできますよ。

●最後に、今後の目標があれば聞かせてください。

インド人がどのようにビリヤニをつくるのかも気になりますけど、いまの自分がつくるビリアニがインド人の目にどのように映るのか、味の部分も含めて確認したい欲求はありますね。またきっとインドに渡って、ゆくゆくは師匠にも僕のビリアニを食べてもらえたら嬉しいです。実は、師匠にはこのビリアニをお店で出していることをまだ伝えられていないので、いつかちゃんとそれを伝えなくてはとは思っています。今後もインドと日本を行き来しながら、自分の周りに形成された人脈を活かした文化の橋渡しができたら面白いだろうなと想像しています。まだ2店舗目のことは決めていませんが、Omnipollos Tokyoは僕の思い入れのある場所でもあるので、これからも兜町で変わらずビリアニを提供していけたらと思っています。

星涼太

星涼太

Ryota Hoshi

1999年、埼玉県生まれ。幼少より山に入り山菜を採取するなど、父親の影響で食に興味をもつと、フランス料理を学びたいという想いを胸に秘めつつも、医療系の大学へ。卒業後はファミリーマートの開発部門でパスタ開発に従事した後、フランス料理を学ぶためにカナダ行きを志すも断念。その後、石材事業を営む南印度洋行のオーナーの元へ。南インドのグルメ旅を経て南印度洋行の店長に就任、今度はビリヤニの開発へ。現在は兜町のOmnipollos Tokyoを間借りするかたちで、日本人向けに解釈した「ビリアニ」を提供。訪れる人々の胃袋を掴むと、2014年にスタートした、日本のカレー文化に貢献した店舗や人物を顕彰するアワード「JAPANESE CURRY AWARDS 2025」を受賞。

Interview&Text : Jun Kuramoto

Photo : Naoto Date


星涼太

南印度洋行 兜町1号店店長

梧楼くん

Human Nature

兜町の気になる人

お隣のHuman Natureで料理やデザートを提供している猿舘梧楼くんとは、毎日顔を合わせる仲なんです。彼は料理の知識も豊富ですし、農家をしていたユニークなバックグラウンドから舌のセンサーが卓越していて、ビリアニの味もよくみてもらっているんです。歳が近いこともあり、あらためて彼のことが気になっています。