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本多克行
本多克行

2021.09.07

本多克行

B by the Brooklyn Brewery マネージャー

仕事とプライベートがマッチする、
日々が楽しいと思える働き方。

幼い頃から野球一色、高校卒業後は芸能界へ。常に輝かしい道が用意されてきた本多克行さんは、カナダで経験を積んだ後、ホテルでのキャリアをスタートさせた。仕事とプライベートを切り分ける働き方がホテルを選んだ理由だったという彼だが、アルバイトで入ったニューヨーク発ブルックリン・ブルワリーの世界初のフラッグシップ店「B by the Brooklyn Brewery(以下、B)」での楽しそうな働き方に魅了され、マネージャー、そしてアンバサダーとして活動を始める。

●どんな幼少期をおくりましたか?
生まれは福岡です。本格的に始めたのは小学校2年生ですが、小さい頃からずっと野球をしていました。

●野球を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
東福岡高校というスポーツの名門校があるのですが、向かいの家の人が、その高校の野球部の監督だったんです。子供のいない人だったので、僕が息子代わりに野球を仕込まれて(笑)。プロ野球選手を多く輩出している高校なので、小さい頃から、有名な選手にキャッチボールしてもらったり、王貞治さんに抱っこしてもらったりなんかもしました。

●すごい野球人生の始まりですね。いつまでやっていたんですか?
高校卒業までです。小学生で千葉に引っ越してからも、少年野球チームに入って野球を続けました。高校では野球をやめようと思っていたのですが、いろんな高校からスカウトがきて。全部お断りしていたものの、栃木のクラブチームの監督にどうしても続けてほしいと言われて、続けることにしました。中学生だった自分の栃木に関する知識はゼロで、車で連れて行ってもらう間に寝てしまって、目が覚めたら山の中。そこでの寮生活が始まりました(笑)。本当はやりたくないと思いながら、野球漬けの地獄の日々でした。

●恵まれた野球人生に思えるのですが、なぜのめりこめなかったのでしょうか?
中学生で野球をやり切った感があったんです。上下関係を面倒くさいと思ってしまうタイプでもあり、スポーツにあまり興味を持てなかったということもありました。個人プレーのスポーツなら良かったのかなと、いまとなっては思うこともあります。

●高校卒業して何をしようと思ったんですか?
大学や専門学校に行く気にもならなくて、野球だけしかやってこなかったので、どうしようと思って、とりあえず卒業後、実家のある千葉に帰りました。そのタイミングで、とある芸能事務所から声をかけてもらって、役者だったりモデルだったりという活動を始めたんです。

●スカウトされたのでしょうか?
そうですね、本当にベタですが、表参道を歩いていた時にスカウトされました。18歳の頃ですかね、一日歩けば名刺が束になるくらい、いろんなところからスカウトされることが続いていて。でも芸能界には興味がなかったんですが、カットモデルとか無料でやってもらっていたりするうちに少しだけ興味が出てきて、流れに乗る形で事務所所属となり、芸能活動を始めました。

●演技の練習をしたり、オーディションを受けたり?
ダンスやったりボイストレーニングをやったり、演技指導があったりとか、そういったいろんなことが目まぐるしく毎日ありました。オーディションも入って、「明日はこの場所に何時に」と言われて受けに行ったりして。いわゆる仮面ライダーのオーディションも受けたりしました。

●人気俳優への王道ルートですね。
そうですね。いいところまでオーディションは進んだのですが、あまり乗り気になれない自分がいて、行きたくないと事務所に言ったらやっぱり怒られました。結局それで事務所を辞めてほかの事務所に移籍したりして、CMに出たり、ドラマや舞台や映画に出たりして、しばし芸能活動を続けましたね。18歳から23歳くらいまで、5、6年やったと思います。

●芸能界への華麗なる道を歩いていたように思うのですが、なぜやめることにしたんでしょうか?
ずっとやっていれば良かったかもしれませんが、最終的には興味が持てなかったというところだと思います。演技がおもしろいと思う時もあったんですが、人生を捧げるまでのめり込むことはできなかった。恵まれた環境でやらせていただいていたんですが、甘えがあったのかもしれません。

●芸能事務所をやめてからはどうされたのですか?
前から漠然とNYに憧れがあり、それを思い出して、NYに行こうと思い立ちました。でも旅行みたいな感覚で行ったこともあり、最初は楽しかったけど、あまりずっといたいとも思わなくて。半年ほどして帰国して、日本でバイトしながら生活し始めました。そんな時にカナダ出身の友人が結婚を機にカナダに帰ることになって、「遊びに来ない?」と言われて、トロントに行くことにしたんです。どうせ行くならと思って、「トロントに仕事ないの?」と聞いたら、「紹介するよ」と言われて、地元のローカルホテルに連れて行ってもらいました。

Googleの翻訳機能で日本の地図や料理を聞いてくれたり、興味を持って話しかけたりしてくれることもあって、人への感謝の気持ちが湧きました。

●それでトロントのホテルで働くことになったんですか?
そうなんです。そのローカルホテルのGMに会いに行って、英語もまったく喋れなかったけど「働きたい」と伝えたら、バーテンダーをやらせてもらえることになって。バイトでバーテンダーをやっていたこともあったので、トライアルでやってみたら、気に入ってもらえてビザを出してもらえることになりました。結局、1年半から2年くらい、トロントのそのホテルで働きました。

●トロントでの暮らしは刺激的でしたか?
英語もわからないし、とにかくやるしかないという状態で、洒落たバーではないけど、ローカルの人たちが日常的に来る地元のパブみたいな場所でした。何をオーダーしたいのか聞き取れるくらいの英語力で、オッケーと返事して作って。そんな感じでがむしゃらに働いて、気づけば2年近く。チップが生活の肝だったんで、頑張って多くの席を担当できるポジションをとって、チップだけでひと月に何十万円稼げるようにもなりました。チップ富豪みたいな(笑)。

●そのホテルで働く中で、学んだことはありましたか?
人に優しくなれた気がしますね。僕が英語を喋れなくても向こうの人は優しく受け入れてくれる。「喋れなくても大丈夫」と、チップを弾んでくれて、また来てくれて。Googleの翻訳機能で日本の地図や料理を聞いてくれたり、興味を持って話しかけたりしてくれることもあって、人への感謝の気持ちが湧きました。

●カナダから帰国しようと思ったのはなぜですか?
ビザ更新のタイミングがきて、次は5年以上滞在できるビザだったんです。それで、5年ここにいたら30歳過ぎてしまうな、と。30歳を超えてカナダにいて、どうしよう? どうなるんだろう? って思ったんです。英語を喋れないままチップで生きて、このままだと甘えて暮らし続けてしまうのではないかって。そうかといって英語をすごく勉強して他の仕事を探そうという意欲もわかず、帰国して就職でもしようかなと思いました。それで日本に帰ってきて、マンダリンオリエンタル東京に就職しました。

●カナダでの経験をもとに、ホテルでのキャリアを積んでいこうと思ったのでしょうか?
いえ、ホテルのキャリアに定めたわけではないんです。20代前半に芸能活動をしていた時、ニュージーランド発のレスミルズというトレーニングプログラムの資格を取り、週に何度かバイトでボディコンバットのトレーニングの先生をしていたんです。その時にパーソナルトレーナーの資格もとっていたので、マンダリンオリエンタル東京ではジムインストラクターとして働きました。メディア系で働いている友人と一緒にYouTubeで何かやろうかという話があったりして、ホテルは役職や給料などの条件が良かったので、資金稼ぎをしたいなと思ったのもありました。働く時間がきっちりしているので、フレキシブルに自分の時間を使えるというのも大きかった。それでホテルに就職を決めました。

●その後はどうしたのでしょうか?
マンダリンオリエンタル東京で1年以上働いた頃、違うホテルから声をかけていただいて転職しようと決めました。その転職先が開業前で、半年間ほど余裕があったのでバイトでもしようと思って。そのタイミングで、マンダリンオリエンタル東京の先輩でK5開業準備室で働いていた方から、「いま何してるの? 一緒に働こうよ」と、脈絡ない連絡が来たんです。バイトならできると返したところ、ホテル部門は人員が埋まったからBで働かないかと誘われました。そこで西岡さん (※1)に面接されて。僕は仕事帰りだったんで、スーツで来て、すごくラフな西岡さんに「気合い入ってますね、スーツで来るなんて」って言われたりして(笑)。

※1
西岡佳胤 B コンテンツ・プログラミング・ディレクター

●それでBで働き始めたんですね。
そうですね。研修を受けてBのバイトメンバーとして入って、2月1日のオープンを迎えました。Bに入って1週間くらい経った頃だったかな。いま一緒に働いているBrooklyn Brewery Japanのキムさんだったか、当時のアンバサダーだったユンちゃんだったか、「一緒にこのまま働こうよ、アンバサダー活動もしない?」って言ってくれて。「いや、でも僕は転職先決まってるし……」なんて言ってたんですけど、松井さん(※2)からもちょうど「Bで働かないか」と声をかけてもらって。結局バイトではなく、正社員として続けていくことにしました。

※2
松井明洋 Media Surf Communications 代表取締役

●いまはBのマネージャーに?
みんな知らないかもしれないですが、責任者としてここを取り締まっています(笑)。でもオープンからずっと西岡さんが携わっているし、Bはやっぱり西岡さんのイメージが強い。だからこの場所は僕が作らなくてもいいかなと思っていて、どちらかといえば西岡さんやアルバイトのみんなで作っていってくれたらうれしいなと思っています。僕としては、Brooklyn Brewery Japanのアンバサダーの仕事にもっと注力した方がいいのかなと思っています。アンバサダー活動で名前を広げていくことが僕の役割かなって。

●アンバサダー活動はどんなことをしているんですか?
Bにある赤い部屋で、月に4~6回ビールのセミナーをやっています。ビールのペアリングやBrooklyn Breweryの歴史を話したり、みんなで試飲したり食べ物と合わせてみたり。そうやってビールを広める活動をやってますね。

Bのスタッフは、プライベートと仕事をマッチさせて働いている。
こういう働き方って飲食業の強みだな、そういうのいいなって思ったんです。

●飲食業に固執されているわけではないと思うのですが、Bで働き続けたいと思った決め手はなんだったのでしょうか?
Bのみんながすごく楽しそうに仕事していたから、ここに残るという選択をしたんだと思います。僕は、楽しく生きていたいという気持ちが強いんです。すごく仕事が楽しいと思いながら働いている人ってそんなにいないと思うんですよね。できれば働きたくないし、仕事をしたくない、お金があれば自由にしていたいと思う人の方が多いと思うんです。僕も働かなくていいなら、働きたくない(笑)。
そんなマインドなので、時間がきっちりしていて自由時間をしっかり持てるような仕事を選んできました。でもBは、これまで望んできた働き方と全然違うんですよ(笑)。いちばん最初に来て、いちばん最後に帰る。いまはコロナで閉めていますけど、最初の頃はみんなで終電まで働くことも多くて。でも一緒に働いているBのスタッフは、友達を呼んだり知り合いが挨拶に来たりとか、プライベートと仕事がマッチしている状態で働いている。そういうのいいなって思ったんです。まだ僕自身は、あまり友達を呼んでないですけど(笑)。こういう働き方って飲食業の強みだな、こうやって働いている人たちを見ていたらいつかまた飲食業をやりたいと思うんじゃないかな、と思ったんですよね。

●仕事とプライベートをしっかり分けて働いてきたけれど、仕事とプライベートをマッチするBの働き方が心地良かったということでしょうか?
心地良くなれるんじゃないかな、と思ったんですよね。心地良いとは断言できない(笑)。
やっぱり忙しいというか、タイトな時間にやらないといけないことも多くて大変で、しっかり楽しめているかというと素直には言えない部分もありますね(笑)。

●周りの人からは、どんな人だと言われますか?
「アウトドアっぽいね」とよく言われるんですが、ものすごくインドアです。ずっと漫画やアニメを見ながらゴロゴロしているような人間で(笑)。
車やバイクに乗ったりすることは好きですが、野球もまったくしないですね。そういえば、高校の野球部で寮も同じ部屋だった友人から、「365日、3年間一緒にいたけど、お前のことは何もわからなかった」と言われました。野球部って何をするのも一緒なんですが、それが嫌で、輪から一歩引いていたんす。いまもBのスタッフと飲みに行くことはほとんどないんですが、コロナで休業になる直前に打ち上げをしてみんなで飲んで。その時かなり酔っぱらっていたようで、「二面性がある」とも言われましたね(笑)。

●グループには属しながら、ひたすら一匹狼な生き方ですね(笑)。今後はどうしようと思っていますか?
あんまり考えてないです。なるようになってきた人生なので、「みんなどうにかなるよ」と思っています(笑)。
楽しいことをこれからもたくさん作っていたいなと思いますね。

本多克行

本多克行

Katsuyuki Honda

1992年、福岡県生まれ。幼い頃から高校卒業まで野球人生を歩み、18歳でスカウトされ芸能事務所に所属。CMやドラマ、モデルなどで5、6年ほど活動した後、海外へ。カナダ・トロントのホテルでバーテンダーを務めた後、帰国してホテルマンダリン東京のジムインストラクターに。2021年から「B by the Brooklyn Brewery」のマネージャー、Brooklyn Brewery Japanのアンバサダー。

Text : Momoko Suzuki

Photo : Naoto Date

Interview : Momoko Suzuki


本多克行

B by the Brooklyn Brewery マネージャー

常連さんとBの近隣にあるマンションに住んでいる方

兜町の気になる人

名前も知らないけど、このあたりで働いていそうでスーツで頻繁に来てくれる常連さんとかは気になりますね。あとBの近隣にあるマンションに住んでいる方は気になりますね。関西人のおじさんなんですが、普段はNYのブルックリンで家族と暮らしていて、帰国した時には飲みに来てくれるんです。ある時、ブルックリンに帰っている間に部屋のポストの整理をしてくれないかと言われて。いまは週1回、その方の部屋のポストのチラシを捨てるという仕事をしているんです(笑)。ブルックリンと兜町という、僕たちと同じ拠点を持つという点で気になりますね。この地域に根付けるといいなと思っているので、そうやって信頼してもらえるというのもうれしいですよね。