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河原佑哉
河原佑哉

2021.04.10

河原佑哉

Switch Coffee バリスタ

コーヒーに導かれて
動き出した人生

目黒と代々木八幡に店を持ち、コーヒー好きに親しまれてきたSwitch Coffee。HOTEL K5にオープンした新店でバリスタとして働く河原佑哉さんは、料理人の修業をした後にコーヒーの道を志してオーストラリアへ渡った経験を持つ。求人の少ないオーストラリアでも日本帰国後も仕事に恵まれてきた彼の人生は、まるでコーヒーの神様に導かれたかのようだ。

●地元はどちらですか?
福井県の若狭町です。滋賀や京都が近くて、海のあるところですね。15歳の時に実家を出ました。

●若くして地元を出たんですね。どんなきっかけだったんですか?
刺激がほしいなと、ずっと思っていたんです。名古屋の高校に通うことに決めて、地元を出ました。
高校生活の最初2年は寮で暮らして、最後の1年はひとり暮らしでした。

●学生時代に熱意をもって取り組んでいたことはありましたか?
中学の時は柔道をやっていました。意外と言われますが(笑)、黒帯も持っています。
柔道で礼儀を学べたのは良かったですね。高校では音楽活動に力を入れていました。

●どんな音楽をやっていたんですか?
ヘヴィメタルですね。友だちとバンドを組んで、月1回はライブをして。僕はギターをやっていました。もともとX JAPANが好きだったんですが、ジャパニーズメタルからブルースやジャズを聴いて、最後にいきついたのがヘヴィメタルだったんですよね。

●ブルースやジャズの後でヘヴィメタルに?
ヘヴィメタルのルーツにはブルースもあるんです。
日本でいうと、メタルっぽいのって意外と演歌が多い。ブルースの派生というか、マイナーな歌だけど、激しい感じで。

●ヘヴィメタルの魅力ってどんな点ですか?
やっぱり速弾きですかね。ドンシャリ系で、ズンズズンって響く重低音の感じ。音楽活動は高校を卒業してもしばらく続けて、トータルで4年くらいですかね。目標はメジャーデビューでしたが、うまくいくわけもなく(笑)音楽だけじゃ食べられなかったんで、飲食店でバイトしていました。

●どんな店でバイトしていたんですか?
名古屋の韓国料理屋さんとイタリアンでバイトしていましたね。20歳までは名古屋にいたんですが、本格的に料理の修業をしたいなと思って、それで東京に出てきたんです。

●料理を学びたいと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
昔から、食べるのも何かを作るのも好きだったんで、音楽をやめた時に料理もいいなと思ったんです。
料理を上達させておいしいものを出して、お客さんに喜んでもらうのっていいなって。

●どれくらい料理の修業をしたんですか?
初めはイタリアンで2年くらい修行しました。厨房の中は戦場でしたね。鍋で叩かれたりとか……いまはそういうことは減っていると思いますけど(笑)このままいくとやばいと思って辞めました。その後フレンチレストランに入って、一から学び直しました。そこも2年くらいいましたかね。

コーヒーは、オープンな場所で一杯ずつ作って渡すもの。
その間に発生するお客さんとの短い会話に、なんだか高揚感を感じたんです。

●料理の道を歩いていたのに、なぜコーヒーの仕事をすることに?
フレンチレストランで働いていた頃、バリスタの友人に連れられて、あるコーヒースタンドに行ったんです。そこでスペシャルティコーヒーを初めて飲んだんですが、甘くておいしくて。いままでコーヒーって苦いというイメージしかなかったので、これやばいってなって(笑)
その後コーヒーにはまって、休日にはONIBUS COFFEE(※1)などほかの店にも通うようになったんですが、ずっとレストランの厨房の中にいて、なかなか人に会うこともない仕事をしていたので、コーヒーっていろんな人と会うし、人付き合いが良くなりそうな仕事だなって思い始めたんですよね。

※1 ONIBUS COFFEE
中目黒と奥沢、八雲に店を持つ。産地や焙煎、淹れ方にこだわって、丁寧にコーヒーを提供する。

●厨房ってクローズドな世界ですもんね。
そうなんです。朝から晩まで厨房の中で帰宅したら寝る生活で、人との接点に飢えていたというか……。コーヒーは、オープンな場所で一杯ずつ作って渡すもの。その間に発生するお客さんとの短い会話に、なんだか高揚感を感じたんです。いままで人と話すことが得意ではなかったけど、コーヒーの仕事を始めてからは話すことに抵抗がなくなりましたね。

●初めはどこのコーヒーショップで働いたんですか?
恵比寿の猿田彦珈琲で1年くらいバイトしました。でも従業員が多かったことと、コーヒーの需要自体がいまより少なかったので、あまり経験を積むことができず、悶々としていました。ある日、渋谷のAbout Life Coffee Brewers(※2)にオーストラリアからゲストバリスタが来ていて。その人の淹れたエスプレッソが、いままで飲んだものとはまったく別物で感動したんです。甘さもバランスも違って、ちょっとお茶っぽいというか……衝撃でしたね。日本ではあまり経験を積めないし、オーストラリアだったらコーヒーの求人があるのかなと思って、オーストラリアに行くことに決めました。お金を貯めて、結局渡ったのは2年後だったんですが。

※2 About Life Coffee Brewers
日本国内では渋谷の道玄坂に店を構える。ONIBUS COFFEEの系列店。

●オーストラリアのどこに渡ったんですか?
シドニーですね。英語も勉強してなかったんで、YesとNoとThank youだけで(笑)最初はワーキングホリデー、途中で学生ビザに切り替えて、2年半ほどオーストラリアにいました。語学学校に通いながら求人を探したんですけど、初めは全然見つかりませんでしたね。

●どうやって働く場所を見つけたんでしょうか?
自分の好きな味のコーヒーを出す店で働きたいなと思って飲み歩いていたんですが、ある日、Edition Coffee Roastersのオーナーに「小さいコーヒーショップを出すからやってみる?」と声をかけてもらいました。北欧&日本の料理とコーヒーを出す、シドニーでは3店舗ある大きな店です。
「英語喋れなくていいから、エスプレッソだけ落としていたらいいよ」って言われて(笑)でも1カ月くらい働いた頃に、コーヒーを作るスピードがちょっと遅いと言われてしまって……。

●オーストラリアのカフェは、コーヒーを作るスピードがすごく速いと聞いたことがあります。
そうなんですよ。オーストラリアはコーヒーの消費量が日本と全然違う。たとえば日本のコーヒーショップでは1日に100杯出るとすると、オーストラリアでは1日1000杯出る。みんな1日に何杯も飲みに来るんですよね。朝6時から、1日に5~6杯飲むんじゃないでしょうか。そんなわけで、オーストラリアでコーヒーを作るスピードって、日本とは全然違うんです。

●コーヒーを作るスピードが遅いと言われて、どうしたんですか?
Edition Coffee Roastersから別の店を紹介してもらいました。The Little Marionette Roastery & Espresso Barという郊外の店だったんですが、コーヒー作りもちゃんと教えてくれるし、英語の勉強になるからと、送りこまれましたね。

●そこではどれくらい修業したんですか?
6ヶ月くらいですかね。郊外でのんびりしていてよかったんですが、オールドスタイルというか、粉をパンパンに詰めて濃いコーヒーを出す店だったので、だったら日本でも修業できるなって思っていて。その頃、休日に行くのが定番になっていたMecca Coffeeから、ちょうどパッキングスタッフが足りなくなったからやってみないかと誘ってもらったんです。

●飲み歩いていて声がかかるって、コーヒーの神様に愛されてますね(笑)
そうですね(笑)オーストラリアでは履歴書を持って面接に行ったことがないです。
メルボルンだったら仕事が見つかってなかったかもしれないし、シドニーだったからというのもあったかもしれません。

●Mecca Coffeeはパッケージも内装もいまっぽい感じに見えますが、どうでしたか?
シドニーだと焙煎量トップ3、4に入るくらい大きな規模の店なんですが、とても好きな店でしたね。いまも僕の中心にMecca Coffeeがある感じです。ここで働くことがなかったら、コーヒーを続けていなかったかもしれないです。働く環境も人もとても良かったし、豆の買い付けから焙煎、カフェへの卸しまで完結していたので、コーヒーとはどういうものかをすべて学ばせてもらいました。

●コーヒーというビジネスが俯瞰して見れるようになったということでしょうか?
そうですね。バリスタ、ロースター、プロダクションマネージャーなど、オーストラリアは役割分担が基本なんですが、僕は最終的にディスパッチマネージャーとロースティングをやらせてもらいました。焙煎だけでなく、豆の買い付けから生産者の農園事情とか、そういったコーヒー作りの背景についてもちゃんと教育してもらいました。

●好きな店で働くことができて、残りたいとは思わなかったんでしょうか?
Mecca Coffeeでは2年くらい働いたんですが、ビザの関係で帰国しなければならなかったんです。
もし残れるんだったら残ってましたね。でも、いまはいまで好きなんで(笑)。

●帰国してからは、自分で店をやりたいとは思わなかったんですか?
最初は自分でMecca Coffeeみたいな店をやりたいと思っていたんですが、帰国したばかりでお金もなくて、About Life Coffee Brewersで働き始めました。働くうちに日本のコーヒー市場を知って、コーヒーショップは増えているけれど消費量が増えてないから自分でやるのは大変かもしれないと思い始めたんです。

いつも同じ味とサービスを提供するためには、
安定が一番大事かなって思っています。

●その後、Switch Coffeeで働くことに?
はい、About Life Coffee Brewersで1年くらい働いた頃ですかね。Switch Coffeeオーナーの大西さんに、兜町のHOTEL K5の中に新しくSwitch Coffeeができるから、そこで働かないかと誘われました。About Life Coffee Brewersも楽しかったんですが、Switch Coffeeのスタイルが好きだったし、新しいことに挑戦する気持ちで、お誘いを受けることにしました。

●いま、働くことで一番大事にしていることって何ですか?
安定ですかね。生活も、コーヒーのクオリティや味も。僕の生活が安定せずに機嫌が悪いと、お客さんにそれが伝わっちゃうのもよくないし、おいしいコーヒーを淹れることもできない。いつも同じ味とサービスを提供するためには、安定が一番大事かなって思っています。

●安定を保つためにやっていることはありますか?
あまりないですね(笑)でも僕そんなにテンションが変わるタイプではないんです。しいて言えば、休日は好きなことをするようにしています。
バスフィッシングをしたり、陶芸をしたり。

●結婚されたと聞きました。奥さんと一緒に釣りや陶芸を?
はい、奥さんはロシア人なんですが、実は初めてTinderで会った人なんです(笑)
釣りや陶芸は一緒にしないですが、映画を観に行ったりサイクリングしたり、一緒に料理したりしていますね。

●これからのことは、どんな風に考えていますか?
デュアルライフは興味がありますね。いま奥さんは日本で働いていますが、家族がロシアにいるんで、いつかは戻りたいという気持ちもあると思います。それもあって、ロシアと日本の2拠点を行き来する暮らしっていいなと思っています。

●もともとコーヒーショップのなかった兜町の中で、Switch Coffeeはどんな存在にしたいですか?
Switch Coffeeは朝が早く、夕方も早く閉まります。
宿泊している人はもちろん、外から来た人にとっても、兜町での一日をスタートさせる場所であってほしいですね。

河原佑哉

Yuya Kawara

1990年、福井県生まれ。レストランで料理の修業をした後、コーヒーの道を志し、オーストラリアに渡る。シドニーのカフェで2年半ほど働き、帰国後はAbout Life Coffee Brewersでバリスタを務める。2020年より、HOTEL K5内にオープンしたSwitch Coffeeのバリスタに。

Text : Momoko Suzuki

Photo : Naoto Date

Interview : Akihiro Matsui


河原佑哉

Switch Coffee バリスタ

大倉皓平

K5 PR Director

兜町の気になる人

K5のPR Director大倉さんが気になります。おそらく当店で最もコーヒーを買ってくれてる人(笑)。取材対応でご一緒することも多いですが、何をやっている人なのか深く聞きたいです。